五常訓 / 巻之三・仁之下
一程子曰、觀天地生物氣象。是天地の生理のやまざる處。眼前に見えたるをいへり。其氣象は、卽溫和慈愛なり。人にありては仁なり。又曰、萬物之生意最可觀。言ふ意は、萬物皆生意あり、是仁なり。中につきて、物のはじめて生ずるは、生意さかんにして、見えやすし。竹の子など、はじめ生ずる時、日夜に長ずる事さかんなるを以て見るべし。枝葉しげれる時は、生意見えがたし。仁の理、はじめて惻隱にあらはるゝ時は、此心尤さかんにして見えやすし。ひろく政をおこし、仁をほどこす時にいたりては、其理廣大にして、かへつて見えがたし。又曰、觀鷄雛、此可觀仁。鷄のひよこの初て生じて、動きやまざるも、生意のはじめてさかんなる時、此理見よければなり。
新字:一程子曰、観天地生物気象。是天地の生理のやまざる処。眼前に見えたるをいへり。其気象は、即温和慈愛なり。人にありては仁なり。又曰、万物之生意最可観。言ふ意は、万物皆生意あり、是仁なり。中につきて、物のはじめて生ずるは、生意さかんにして、見えやすし。竹の子など、はじめ生ずる時、日夜に長ずる事さかんなるを以て見るべし。枝葉しげれる時は、生意見えがたし。仁の理、はじめて惻隠にあらはるゝ時は、此心尤さかんにして見えやすし。ひろく政をおこし、仁をほどこす時にいたりては、其理広大にして、かへつて見えがたし。又曰、観鶏雛、此可観仁。鶏のひよこの初て生じて、動きやまざるも、生意のはじめてさかんなる時、此理見よければなり。
書き下し
一程子曰く、天地の物を生ずる気象を観よ。是天地の生理のやまざる処。眼前に見えたるをいへり。其気象は、即温和慈愛なり。人にありては仁なり。又曰く、万物の生意最も観るべし。言ふ意は、万物皆生意あり、是仁なり。中につきて、物のはじめて生ずるは、生意さかんにして、見えやすし。竹の子など、はじめ生ずる時、日夜に長ずる事さかんなるを以て見るべし。枝葉しげれる時は、生意見えがたし。仁の理、はじめて惻隠にあらはるる時は、此心尤さかんにして見えやすし。ひろく政をおこし、仁をほどこす時にいたりては、其理広大にして、かへつて見えがたし。又曰く、鶏雛を観よ、此れ仁を観るべし。鶏のひよこの初て生じて、動きやまざるも、生意のはじめてさかんなる時、此理見よければなり。
現代語訳
程子は「天地が物を生ずる気象を観よ」といいました。これは天地の生きる理のやまないところが、目の前に見えていることをいったものです。その気象はすなわち温和慈愛です。人にあっては仁です。また「万物の生意は最もよく観るべきである」といいました。その意味は、万物にはみな生意があり、これが仁だということです。その中でも、物が初めて生ずるときは、生意が盛んで見えやすいのです。筍などが初めて生えるとき、昼も夜も盛んに伸びるのを見るべきです。枝葉が茂ったときは、生意は見えにくいものです。仁の理が初めて惻隠に現れるときは、この心が最も盛んで見えやすいのです。広く政治をおこし仁を施すときに至っては、その理が広大で、かえって見えにくいのです。また「ひよこを観よ、これで仁を観ることができる」といいました。鶏のひよこが初めて生まれて、動きやまないのも、生意が初めて盛んなときで、この理が見やすいからです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
-
論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
-
論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
-
論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
-
論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
-
論語・微子篇微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る