五常訓 / 巻之三・仁之下
一身の私にかちて、道理に立ちかへるは、仁の體なり。人を愛し、物を利益するは、仁の用なり。體ありて後、用行はる。故にまづ我が身の私にかち、禮にかへるべし。人欲去らず、天理行れずしては、仁愛の道、人に施しがたし。
新字:一身の私にかちて、道理に立ちかへるは、仁の体なり。人を愛し、物を利益するは、仁の用なり。体ありて後、用行はる。故にまづ我が身の私にかち、礼にかへるべし。人欲去らず、天理行れずしては、仁愛の道、人に施しがたし。
書き下し
一身の私にかちて、道理に立ちかへるは、仁の体なり。人を愛し、物を利益するは、仁の用なり。体ありて後、用行はる。故にまづ我が身の私にかち、礼にかへるべし。人欲去らず、天理行れずしては、仁愛の道、人に施しがたし。
現代語訳
身の私に克って道理に立ち帰るのは、仁の本体です。人を愛し、物に利益を与えるのは、仁の働きです。本体があってこそ働きが行われます。ゆえに、まず自分の身の私に克って礼に帰るべきです。人欲が去らず、天理が行われなければ、仁愛の道を人に施すことはできません。
解説
克己復礼を仁の本体、人を愛し物を利することを仁の働きと位置づけ、まず自分を整えてこそ人に仁を施せると説いています。朱子学の体用論をもとにした整理で、自分の内面を修めることが先、人への働きかけが後という『大学』の「修身」から「治国平天下」への順序とも重なります。自分自身の欲や感情に振り回されていては、本当に人を助けることはできません。人の役に立ちたいと思うときこそ、まず自分を整えるという順序が大切です。
この章句が説くこと
仁克己体用天理修身
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