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五常訓 / 巻之二・仁之上

一仁は、天地の、物を生ずるを以て心とし給へる理を、わが身にうけて心とする德なり。故に仁は、萬善を統べて其中にあれど、唯ひとへに、人をあはれみ、物をめぐむを以て仁とす。天地の、人物をうみ育てめぐみ給へる御心にしたがひて、天地のうみ出し慈み給ふ人と萬物を、我よりも又天の御心をうけて、あはれみ惠む。是すなはち仁の心にして、天地につかへ奉る道なりと知るべし。此仁心より、百行萬善は行はれ出づるなり。天地を父母として、わが身は天地の子なり。天下の民は、我と同じく、天地の子なるゆゑに、卽是わが兄弟なり。其内に、王公大人あり。是わが兄弟の內にて、位高き人なり。鰥寡孤獨、病者、かたわ、乞食、貧人あるは、皆わが兄弟の內にて、不幸なる人なり。

新字:一仁は、天地の、物を生ずるを以て心とし給へる理を、わが身にうけて心とする徳なり。故に仁は、万善を統べて其中にあれど、唯ひとへに、人をあはれみ、物をめぐむを以て仁とす。天地の、人物をうみ育てめぐみ給へる御心にしたがひて、天地のうみ出し慈み給ふ人と万物を、我よりも又天の御心をうけて、あはれみ恵む。是すなはち仁の心にして、天地につかへ奉る道なりと知るべし。此仁心より、百行万善は行はれ出づるなり。天地を父母として、わが身は天地の子なり。天下の民は、我と同じく、天地の子なるゆゑに、即是わが兄弟なり。其内に、王公大人あり。是わが兄弟の内にて、位高き人なり。鰥寡孤独、病者、かたわ、乞食、貧人あるは、皆わが兄弟の内にて、不幸なる人なり。

書き下し

一仁は、天地の、物を生ずるを以て心とし給へる理を、わが身にうけて心とする徳なり。故に仁は、万善を統べて其中にあれど、唯ひとへに、人をあはれみ、物をめぐむを以て仁とす。天地の、人物をうみ育てめぐみ給へる御心にしたがひて、天地のうみ出し慈み給ふ人と万物を、我よりも又天の御心をうけて、あはれみ恵む。是すなはち仁の心にして、天地につかへ奉る道なりと知るべし。此仁心より、百行万善は行はれ出づるなり。天地を父母として、わが身は天地の子なり。天下の民は、我と同じく、天地の子なるゆゑに、即是わが兄弟なり。其内に、王公大人あり。是わが兄弟の内にて、位高き人なり。鰥寡孤独、病者、かたわ、乞食、貧人あるは、皆わが兄弟の内にて、不幸なる人なり。

現代語訳

仁とは、天地が物を生ずることを心とされる理を、自分の身に受けて心とする徳です。ゆえに仁は、あらゆる善をすべてその中に含んでいますが、ただひたすら人をあわれみ、物を恵むことを仁とします。天地が人や物を生み育て恵まれる御心にしたがって、天地が生み出していつくしまれる人と万物を、自分からもまた天の御心を受けて、あわれみ恵みます。これがすなわち仁の心であって、天地にお仕えする道だと知るべきです。この仁の心から、あらゆる行いと善が行われ出てくるのです。天地を父母として、自分の身は天地の子です。天下の民は、自分と同じく天地の子であるから、すなわち自分の兄弟です。その中に王公や身分の高い人がいます。これは自分の兄弟の中で、位の高い人です。妻を亡くした男、夫を亡くした女、親のない子、子のない老人、病人、体の不自由な人、物乞い、貧しい人がいるのは、みな自分の兄弟の中で、不幸な人です。

解説

天地を父母とすれば天下の民はみな兄弟であり、王侯は兄弟の中の位の高い人、身寄りのない人や病人・貧しい人は兄弟の中の不幸な人だと説いています。これは張載の「西銘」にある「民は吾が同胞、物は吾が与なり」の思想で、「鰥寡孤独」は『孟子』梁恵王下に見える、頼る者のない人々を指す言葉です。身分制度の厳しい江戸時代に、すべての人を兄弟と見る視点は画期的でした。困っている人を「家族の中の不幸な人」と見る想像力は、福祉や支援の心の原点といえます。

この章句が説くこと

仁兄弟天地西銘あわれみ

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