五常訓 / 巻之二・仁之上
一人は父母より生ずといへど、其根本をたづぬれば、皆天地の恩によりて生る。むまれて後、一生の間も、亦天地の惠によりて身をたつる事、猶親の氣をうけて、むまれて後も、親の養によりて、人となるが如し。是誠にきはまりなき大恩ならずや。此故に、天地を以て大父母とす。天をば父と稱し、地をば母と稱す。人は天地の子なり。まことに天地の恩のきはまり無き事、海山を以ても譬へがたし。天地の恩のむくいがたき事、子として父母のむくいがたきと同じ。人は萬物の靈なれば、などか天地の恩の大なる事を知らで過ぎぬべきや。故に人の道は、唯天地の恩を知りてつかへ奉るにあり。天地につかへ奉る道は、べちにあらず。天地にしたがひて背かざるにあり。
新字:一人は父母より生ずといへど、其根本をたづぬれば、皆天地の恩によりて生る。むまれて後、一生の間も、亦天地の恵によりて身をたつる事、猶親の気をうけて、むまれて後も、親の養によりて、人となるが如し。是誠にきはまりなき大恩ならずや。此故に、天地を以て大父母とす。天をば父と称し、地をば母と称す。人は天地の子なり。まことに天地の恩のきはまり無き事、海山を以ても譬へがたし。天地の恩のむくいがたき事、子として父母のむくいがたきと同じ。人は万物の霊なれば、などか天地の恩の大なる事を知らで過ぎぬべきや。故に人の道は、唯天地の恩を知りてつかへ奉るにあり。天地につかへ奉る道は、べちにあらず。天地にしたがひて背かざるにあり。
書き下し
一人は父母より生ずといへど、其根本をたづぬれば、皆天地の恩によりて生る。むまれて後、一生の間も、亦天地の恵によりて身をたつる事、猶親の気をうけて、むまれて後も、親の養によりて、人となるが如し。是誠にきはまりなき大恩ならずや。此故に、天地を以て大父母とす。天をば父と称し、地をば母と称す。人は天地の子なり。まことに天地の恩のきはまり無き事、海山を以ても譬へがたし。天地の恩のむくいがたき事、子として父母のむくいがたきと同じ。人は万物の霊なれば、などか天地の恩の大なる事を知らで過ぎぬべきや。故に人の道は、唯天地の恩を知りてつかへ奉るにあり。天地につかへ奉る道は、べちにあらず。天地にしたがひて背かざるにあり。
現代語訳
人は父母から生まれるといっても、その根本をたずねれば、みな天地の恩によって生まれます。生まれてから一生の間も、また天地の恵みによって身を立てることは、ちょうど親の気を受けて生まれ、生まれてからも親の養いによって一人前になるようなものです。これはまことに極まりない大恩ではないでしょうか。このゆえに天地を大父母とします。天を父と称し、地を母と称します。人は天地の子です。まことに天地の恩の極まりないことは、海や山によってもたとえがたいほどです。天地の恩の報いがたいことは、子として父母の恩の報いがたいのと同じです。人は万物の霊であるから、どうして天地の恩の大きいことを知らずに過ごしてよいでしょうか。ゆえに人の道は、ただ天地の恩を知ってお仕えすることにあります。天地にお仕えする道は、特別なものではありません。天地にしたがってそむかないことにあります。
解説
この章句が説くこと
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