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五常訓 / 巻之二・仁之上

故に手足のなえしびるゝを名づけて不仁と云ふ事、尤しかるべし。仁者の心は、わが身ひとつを利せず、萬物とわが身と、へだてなく一體として、愛せざるものなし。是私慾のへだてなくして、公なる故に、我が心よく萬物に通じ、人の憂苦を見ては、我が憂苦の如く、いたみ悲む。鳥獸草木までもあはれみ惠みて、そこなはず。鳥獸のころされ、草木のみだりに伐らるゝを見ても、いたむ心あるは、皆我と一體なればなり。凡天地の内にあらゆる萬物は、皆我が身にあらざるは無し。是を天地萬物を以て一體とすと云ふ。是仁者の心なり。凡人倫も、禽獸草木も、同じく天地の生める所にて、同氣なれば、もと我が身と一體のものなれども、私欲あれば、物我のへだてありて、わが身の外は心通ぜずして、人の憂苦を見聞すといへども、我が心にあづからず。ただ我が身にさへ便よければ、人の苦は何ともおもはず。是不仁者の心なり。人の身、血氣ふさがりめぐらずして、なえしびれて、我が身とも覺えざるが如し。

新字:故に手足のなえしびるゝを名づけて不仁と云ふ事、尤しかるべし。仁者の心は、わが身ひとつを利せず、万物とわが身と、へだてなく一体として、愛せざるものなし。是私慾のへだてなくして、公なる故に、我が心よく万物に通じ、人の憂苦を見ては、我が憂苦の如く、いたみ悲む。鳥獣草木までもあはれみ恵みて、そこなはず。鳥獣のころされ、草木のみだりに伐らるゝを見ても、いたむ心あるは、皆我と一体なればなり。凡天地の内にあらゆる万物は、皆我が身にあらざるは無し。是を天地万物を以て一体とすと云ふ。是仁者の心なり。凡人倫も、禽獣草木も、同じく天地の生める所にて、同気なれば、もと我が身と一体のものなれども、私欲あれば、物我のへだてありて、わが身の外は心通ぜずして、人の憂苦を見聞すといへども、我が心にあづからず。ただ我が身にさへ便よければ、人の苦は何ともおもはず。是不仁者の心なり。人の身、血気ふさがりめぐらずして、なえしびれて、我が身とも覚えざるが如し。

書き下し

故に手足のなえしびるるを名づけて不仁と云ふ事、尤しかるべし。仁者の心は、わが身ひとつを利せず、万物とわが身と、へだてなく一体として、愛せざるものなし。是私慾のへだてなくして、公なる故に、我が心よく万物に通じ、人の憂苦を見ては、我が憂苦の如く、いたみ悲む。鳥獣草木までもあはれみ恵みて、そこなはず。鳥獣のころされ、草木のみだりに伐らるるを見ても、いたむ心あるは、皆我と一体なればなり。凡天地の内にあらゆる万物は、皆我が身にあらざるは無し。是を天地万物を以て一体とすと云ふ。是仁者の心なり。凡人倫も、禽獣草木も、同じく天地の生める所にて、同気なれば、もと我が身と一体のものなれども、私欲あれば、物我のへだてありて、わが身の外は心通ぜずして、人の憂苦を見聞すといへども、我が心にあづからず。ただ我が身にさへ便よければ、人の苦は何ともおもはず。是不仁者の心なり。人の身、血気ふさがりめぐらずして、なえしびれて、我が身とも覚えざるが如し。

現代語訳

ゆえに手足がなえしびれることを名づけて不仁というのは、まことにもっともです。仁者の心は、自分の身ひとつを利せず、万物と自分の身とを隔てなく一体として、愛さないものはありません。これは私欲の隔てがなく、公であるので、自分の心がよく万物に通じ、人の憂いや苦しみを見ては、自分の憂いや苦しみのように痛み悲しみます。鳥獣や草木までもあわれみ恵んで、そこないません。鳥獣が殺され、草木がみだりに伐られるのを見ても痛む心があるのは、みな自分と一体だからです。およそ天地の内にあるあらゆる万物は、みな自分の身でないものはありません。これを天地万物を一体とするといいます。これが仁者の心です。およそ人々も禽獣草木も、同じく天地が生んだもので同じ気であるから、もともと自分の身と一体のものですが、私欲があれば物と自分との隔てができて、自分の身の外には心が通じず、人の憂いや苦しみを見聞きしても、自分の心には関わりません。ただ自分の身にさえ都合がよければ、人の苦しみは何とも思いません。これが不仁者の心です。人の身の血気がふさがってめぐらず、なえしびれて、自分の身とも感じないようなものです。

解説

仁者は私欲の隔てがないので、人の苦しみを自分のことのように感じ、鳥獣や草木にまで心が及ぶと説いています。人も禽獣も草木も天地から生まれた同じ気でできているという「万物一体」の考えは、張載や程顥に始まる宋学の重要な思想です。益軒は草木をむやみに伐ることにも心を痛めよと説き、自然への敬意を倫理と結びつけました。自分に都合がよければ他人の苦しみは気にしないという態度への戒めは、環境問題や社会の分断を考えるうえでも示唆的です。

この章句が説くこと

仁万物一体私欲公共感

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