酔古堂剣掃 / 集法・成るを忌み敗るるを樂しむ
見人有得意事,便當生忻喜心;見人有失意事,便當生憐憫心:皆自己真實受用處。忌成樂敗,徒自壞心術耳。
新字:見人有得意事,便当生忻喜心;見人有失意事,便当生憐憫心:皆自己真実受用処。忌成楽敗,徒自壊心術耳。
書き下し
人の得意の事有るを見れば、便ち當に忻喜の心を生ずべし。人の失意の事有るを見れば、便ち當に憐憫の心を生ずべし。皆自己の真實の受用の處なり。成るを忌み敗るるを樂しむは、徒らに自ら心術を壞るのみ。
現代語訳
人がうまくいっているのを見たら、すぐに喜ぶ心を起こすべきです。人が失意の中にあるのを見たら、すぐに憐れむ心を起こすべきです。これはどちらも、自分自身が本当に益を受けるところです。人の成功を妬み、人の失敗を喜ぶのは、ただ自分の心を損なうだけです。
解説
人の成功を喜び、失敗を憐れむことは、実は自分のためになると説いた一則です。忻喜は喜ぶこと、憐憫はあわれむこと、受用は身に受けて役立つことです。人の成功を妬み、失敗を喜ぶ心は、相手には何の害も与えず、ただ自分の心を暗く濁らせるだけだと言います。心術は心の働かせ方です。他人の喜びを共に喜べる人は、それだけ多くの喜びを味わえます。同僚の昇進や友人の成功を素直に祝えないときは、この一則を思い出してみてください。祝う心は、まず自分を明るくしてくれます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
仁嫉妬修身共感心術
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