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五常訓 / 巻之二・仁之上

一程子曰、醫書に手足のなえしびるゝを名づけて不仁とす。此ことば尤よく名づけかたどれり。仁者は天地萬物を以て一體とす。己に非ずと云ふことなし云々。人の身、病なくして、血氣ゆきわたりて善くめぐれば、手足のさき針にてさしても痛む。もし風濕氣虛などの病によりて、血氣ふさがりめぐらざる所は、刀にてさし、火にてやきてもいたまず。なえしびれて、我が身とも覺えず。是を醫書に名づけて不仁と云ふ。不仁者の心、外物を一體とせず、物と我との隔ありて、仁心其物に行きいたらざれば、人の憂苦をも、我が心に何とも無く痛まず。かへりて情なく、人を苦めしへたぐ。手足に血氣めぐらずして、なえしびれ、いたき事もかゆき事も覺えざるが如し。

新字:一程子曰、医書に手足のなえしびるゝを名づけて不仁とす。此ことば尤よく名づけかたどれり。仁者は天地万物を以て一体とす。己に非ずと云ふことなし云々。人の身、病なくして、血気ゆきわたりて善くめぐれば、手足のさき針にてさしても痛む。もし風湿気虚などの病によりて、血気ふさがりめぐらざる所は、刀にてさし、火にてやきてもいたまず。なえしびれて、我が身とも覚えず。是を医書に名づけて不仁と云ふ。不仁者の心、外物を一体とせず、物と我との隔ありて、仁心其物に行きいたらざれば、人の憂苦をも、我が心に何とも無く痛まず。かへりて情なく、人を苦めしへたぐ。手足に血気めぐらずして、なえしびれ、いたき事もかゆき事も覚えざるが如し。

書き下し

一程子曰、医書に手足のなえしびるるを名づけて不仁とす。此ことば尤よく名づけかたどれり。仁者は天地万物を以て一体とす。己に非ずと云ふことなし云々。人の身、病なくして、血気ゆきわたりて善くめぐれば、手足のさき針にてさしても痛む。もし風湿気虚などの病によりて、血気ふさがりめぐらざる所は、刀にてさし、火にてやきてもいたまず。なえしびれて、我が身とも覚えず。是を医書に名づけて不仁と云ふ。不仁者の心、外物を一体とせず、物と我との隔ありて、仁心其物に行きいたらざれば、人の憂苦をも、我が心に何とも無く痛まず。かへりて情なく、人を苦めしへたぐ。手足に血気めぐらずして、なえしびれ、いたき事もかゆき事も覚えざるが如し。

現代語訳

程子は「医書に、手足がなえしびれることを名づけて不仁とする。この言葉は最もよく名づけ、かたどっている。仁者は天地万物を一体とする。自分でないものはない」云々といいました。人の身が病気がなく、血気が行きわたってよくめぐっていれば、手足の先を針で刺しても痛みます。もし風湿や気虚などの病によって、血気がふさがってめぐらない所は、刀で刺し、火で焼いても痛みません。なえしびれて、自分の身とも感じません。これを医書に名づけて不仁といいます。不仁者の心は、外の物を一体とせず、物と自分との隔てがあって、仁の心がその物に行き届かないので、人の憂いや苦しみも、自分の心に何とも痛みません。かえって情けなく、人を苦しめ虐げます。手足に血気がめぐらず、なえしびれて、痛いこともかゆいことも感じないようなものです。

解説

程顥の有名な「医書に手足の痿痺を不仁と為す」という言葉を紹介し、医学の用語を使って仁を説明しています。血気がめぐらずしびれた手足が痛みを感じないように、不仁の人は他人の苦しみを感じないというたとえです。医学に通じ、のちに『養生訓』を著した益軒にとって、身体の感覚から倫理を語るこの説明は特に実感があったことでしょう。他人の痛みに鈍くなることを心のしびれと捉える見方は、共感力を失いがちな忙しい現代人への警告にもなります。

この章句が説くこと

仁不仁医書程子一体

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