五常訓 / 巻之二・仁之上
一韓退之の、博愛謂仁と說けるは、仁の天下萬民に行きわたりたる大用なり。物として愛せざる事なきなり。仁者はまことに博く愛すれども、それは末なり、根本にあらず。程朱は仁の根源より說きて、全體をすべたり。韓子の言、全く理なきにはあらず。されど仁は性なれば、其本より說きて、大用を兼ぬべし。
新字:一韓退之の、博愛謂仁と説けるは、仁の天下万民に行きわたりたる大用なり。物として愛せざる事なきなり。仁者はまことに博く愛すれども、それは末なり、根本にあらず。程朱は仁の根源より説きて、全体をすべたり。韓子の言、全く理なきにはあらず。されど仁は性なれば、其本より説きて、大用を兼ぬべし。
書き下し
一韓退之の、博愛謂仁と説けるは、仁の天下万民に行きわたりたる大用なり。物として愛せざる事なきなり。仁者はまことに博く愛すれども、それは末なり、根本にあらず。程朱は仁の根源より説きて、全体をすべたり。韓子の言、全く理なきにはあらず。されど仁は性なれば、其本より説きて、大用を兼ぬべし。
現代語訳
韓退之(韓愈)が「博く愛することを仁という」と説いたのは、仁が天下万民に行きわたった大きな働きです。物として愛さないものはないということです。仁者はまことに博く愛しますが、それは末であって根本ではありません。程子・朱子は仁の根源から説いて、全体をすべています。韓子の言葉に、まったく理がないわけではありません。けれども仁は性であるから、その本から説いて、大きな働きもかねるべきです。
解説
唐の韓愈が「原道」で述べた「博愛之を仁と謂ふ」という定義を取り上げ、それは仁の働きの広がりを言ったもので根本ではないと評しています。程朱が仁を性、すなわち心の本から説いたのに比べると不十分だという、朱子学の立場からの評価です。ただし全く誤りとはせず一理を認める公平さも見られます。誰にでも優しくすることは大切ですが、それを支える心の根がなければ長続きしません。行動の広さより心の根を育てることの大切さを教えてくれます。
この章句が説くこと
仁博愛韓愈程朱性
関連する章句
-
論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
-
論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
-
論語・憲問篇「克・伐・怨・欲、行われずんば、以て仁と為す可きか。」子曰く、「以て難しと為す可し。仁は則ち吾知らざるなり。」
-
論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
-
論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
-
論語・微子篇微子これを去り、箕子これに為に奴となり、比干諫めて死す。孔子曰わく、殷に三仁有り。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る