五常訓 / 巻之一・総論
一我が儒の道は、經濟の道とて、世ををさめ、人をすくふ大道なり。其學は、有用の學とて、まづわが身ををさめて、人ををさめ、人倫の道を行ひ、天下國家のため、天地萬物のため、用をなす學問なり。無用の空言にはあらず。こゝを以て、道理は人の心に生れつきて、知りやすく行ひやすしといへども、其道の功用の、いたりて大なること、言ふに及ばず。かく大なる道なれば、などか其師なく、敎なく、學ばずして、其道明なるべきや。世間のいやしき小藝小技すら、師なく學び無くしては、其わざをなしがたし。いはんや大道をや。故に人たるもの、貴き賤しき、賢し愚なる、ともに聖人の道をたふとびて、明師をもとめ、良友にちかづき、其敎にしたがひ、其道をまなばざらんや。
新字:一我が儒の道は、経済の道とて、世ををさめ、人をすくふ大道なり。其学は、有用の学とて、まづわが身ををさめて、人ををさめ、人倫の道を行ひ、天下国家のため、天地万物のため、用をなす学問なり。無用の空言にはあらず。こゝを以て、道理は人の心に生れつきて、知りやすく行ひやすしといへども、其道の功用の、いたりて大なること、言ふに及ばず。かく大なる道なれば、などか其師なく、教なく、学ばずして、其道明なるべきや。世間のいやしき小芸小技すら、師なく学び無くしては、其わざをなしがたし。いはんや大道をや。故に人たるもの、貴き賤しき、賢し愚なる、ともに聖人の道をたふとびて、明師をもとめ、良友にちかづき、其教にしたがひ、其道をまなばざらんや。
書き下し
一我が儒の道は、経済の道とて、世ををさめ、人をすくふ大道なり。其学は、有用の学とて、まづわが身ををさめて、人ををさめ、人倫の道を行ひ、天下国家のため、天地万物のため、用をなす学問なり。無用の空言にはあらず。ここを以て、道理は人の心に生れつきて、知りやすく行ひやすしといへども、其道の功用の、いたりて大なること、言ふに及ばず。かく大なる道なれば、などか其師なく、教なく、学ばずして、其道明なるべきや。世間のいやしき小芸小技すら、師なく学び無くしては、其わざをなしがたし。いはんや大道をや。故に人たるもの、貴き賤しき、賢し愚なる、ともに聖人の道をたふとびて、明師をもとめ、良友にちかづき、其教にしたがひ、其道をまなばざらんや。
現代語訳
わが儒の道は、経済の道といって、世を治め人を救う大いなる道です。その学問は有用の学といって、まず自分の身を修めて人を治め、人倫の道を行い、天下国家のため、天地万物のために役立つ学問です。役に立たない空論ではありません。それゆえ、道理は人の心に生まれつき備わっていて、知りやすく行いやすいとはいっても、その道の功用がきわめて大きいことは言うまでもありません。このように大きな道であるから、どうして師もなく、教えもなく、学ばずに、その道が明らかになるでしょうか。世間の卑しい小さな芸や技でさえ、師もなく学びもなくては、その技をなすことはできません。まして大道はなおさらです。ゆえに人である者は、身分の高い者も低い者も、賢い者も愚かな者も、ともに聖人の道を尊んで、賢明な師を求め、良い友に近づき、その教えにしたがい、その道を学ばないでよいでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之四吾曹書を読むと雖も、然れども経済の学に通ぜず。故に世の君相、儒生を以て無用の徒と為し、事宜に通ぜずとし、且つ仁義を以て迂闊にして世用に適せずと為す。豈に啻に君相のみ然らんや。世の学を好まざる者、往往にして皆此の如し。是れも亦た吾曹の学術明らかならず、且つ不徳なるに由るなり。然らば則ち世人の学を好まざるは、吾曹も亦た其の罪を半ばにすべきなり。
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『慎思録』巻之四後世の書生、往往にして唯だ訓詁文字に通じて、義理の学、経済の術無し。其の学ぶ所は、雕虫小技、雑文小説のみ。是れ無益を為して有益を害する者と謂ふべきなり。是れ儒者の学に非ず、又丈夫の事に非ざるなり。
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『慎思録』巻之一人生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学びて道を知らざれば、学ばざると同じ。知りて行ふこと能はざれば、知らざると同じ。故に人為る者は、必ず学ばざるべからず。学を為す者は、必ず道を知らざるべからず。道を知る者は、必ず行はざるべからず。道を知ること至つて難し。古より英才敦行の士、多からずと為さず。然れども道を知る者は鮮し。学問思弁の功、闕くべからざる所以なり。
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『慎思録』巻之四食は以て生を養ふ。饕餮なる者は此を以て生を傷る。薬は以て人を救ふ。庸医は此を以て人を殺す。学は以て性を治む。小人は此を以て性を傷る。此の三者は、本是れ人を益するの物事なり。然り而して人を害すること此の如きは、之を用ふるの其の道を失ふに由るなり。
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段曰く、其所は、師たる人も、さつぱりとは済ねども、此は聖人のことにて、今の学者の知るべき所に非ず、忠恕のことなりと云て、此うへのことは、決して沙汰なきことなり。答、汝は今の学者の知るべき所に非ずと云。聖人の教は、古今に通じて変ことなし。今と古とを分るは、仏氏の末世と云教なり。混雑すべからず。扨孔子、適も無く莫も無しとの玉ひ、又顔淵の、前に在りと思へば忽焉として後に在りとの玉ひ、孟子、道は一のみとの玉ふ。加様の類多し。汝はいかゞ心得居られ候や。
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『文武訓』文訓上之末一世に、文学なくしてみだりに道を説く人あり。孝弟忠信などの道を行ふことは、一文不通の愚夫愚婦も、其はしをば知りやすく行ひやすし。是を以て、学なき人に説ききかするはよし。かなの書をよみ、人の物語をきき覚えても、浅近なることは知りやすし。草医の、近世の名医の作れる国字書の方書を読みても、軽き病をばいやすが如し。しかるに、義理の学は、天地人の大道を知る事なれば、まづ文字をしり、四書五経以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史、通鑑など、古今の事にもひろく通じてやうやく知るべし。かくの如く、博く書を見ても道をしらざる人は多し。聖賢の書に通ぜず、文学つたなくしては大道に通じがたし。文学なくして道を知りがたき事、たとへば通事なくして異国の人の言語に通じがたきが如く、又、小刀にて大厦を作らんとするがごとし。文学つたなく経伝にくらくしては、大道は知りがたかるべし。
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