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五常訓 / 巻之一・総論

一孔子の時は、猶も天下に道理明かに、邪說なかりしかば、仁の一字を說き給ひて、義禮智の條目をそなへ說き給ふに及ばず。孟子の時は、世に異說おこり、道理まぎれやすく、人心まよひて明なりがたし。若仁の一字のみを說き給はゞ、無星の秤、無寸の尺の如くにて、天下の人さとり得がたからん事をおそれて、仁義を說き、四德を說き、性善を說きたまふ。凡聖賢のをしへは、時によりて宜にしたがへり。たとへば良醫の、時の運氣により、地の風土にしたがひて、治療をほどこすが如し。

新字:一孔子の時は、猶も天下に道理明かに、邪説なかりしかば、仁の一字を説き給ひて、義礼智の条目をそなへ説き給ふに及ばず。孟子の時は、世に異説おこり、道理まぎれやすく、人心まよひて明なりがたし。若仁の一字のみを説き給はゞ、無星の秤、無寸の尺の如くにて、天下の人さとり得がたからん事をおそれて、仁義を説き、四徳を説き、性善を説きたまふ。凡聖賢のをしへは、時によりて宜にしたがへり。たとへば良医の、時の運気により、地の風土にしたがひて、治療をほどこすが如し。

書き下し

一孔子の時は、猶も天下に道理明かに、邪説なかりしかば、仁の一字を説き給ひて、義礼智の条目をそなへ説き給ふに及ばず。孟子の時は、世に異説おこり、道理まぎれやすく、人心まよひて明なりがたし。若仁の一字のみを説き給はば、無星の秤、無寸の尺の如くにて、天下の人さとり得がたからん事をおそれて、仁義を説き、四徳を説き、性善を説きたまふ。凡聖賢のをしへは、時によりて宜にしたがへり。たとへば良医の、時の運気により、地の風土にしたがひて、治療をほどこすが如し。

現代語訳

孔子の時は、まだ天下に道理が明らかで、邪説がなかったので、仁の一字を説かれて、義礼智の条目をそろえて説かれるには及びませんでした。孟子の時は、世に異説が起こり、道理がまぎれやすく、人の心は迷って明らかになりにくかったのです。もし仁の一字だけを説かれたならば、目盛りのない秤、寸法のない物差しのようで、天下の人が悟りにくいことを恐れて、仁義を説き、四徳を説き、性善を説かれました。およそ聖賢の教えは、時によってふさわしさにしたがいます。たとえば良医が、その時の気候の具合により、その土地の風土にしたがって治療をほどこすようなものです。

解説

孔子が仁だけを説き、孟子が仁義・四徳・性善まで詳しく説いたのは、時代の違いに応じたものだと説明しています。孟子の時代には楊朱や墨子の説が広まっていたことが背景にあります。目盛りのない秤では量れないという比喩や、良医が気候や風土に応じて治療を変えるという医学のたとえは、医術にも通じた益軒らしいものです。伝える相手や時代に合わせて説明の細かさを変えるという考え方は、教育や部下指導にもそのまま通じます。

この章句が説くこと

仁孟子性善教育時宜

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