五常訓 / 巻之一・総論
一天地の惠をうけて、わが身に生れつきたる四德なれば、人の人となれる道理、こゝにあり。然るに此道理を知らず、且人欲にくらまされ、是をすてゝ行はず、天地の德にそむき、人の道を失ふこと、悲むべし。此四德を失へば、人と斯く生れたるしるし無く、鳥けだものに同じくして、草木の、天地の惠のまゝに生長し、枯しほみて人の養となり、妨とならざるには、遙に劣れるぞあさましき。人は萬物の靈とて、天地の内にて、いと貴きものなれど、天地の性にそむき、人の道をうしなはゞ、禽獸に近くて、貴ぶに足らず。是自ら我が身を賤しくもちくだすなり。豈賤しむべき事ならずや。
新字:一天地の恵をうけて、わが身に生れつきたる四徳なれば、人の人となれる道理、こゝにあり。然るに此道理を知らず、且人欲にくらまされ、是をすてゝ行はず、天地の徳にそむき、人の道を失ふこと、悲むべし。此四徳を失へば、人と斯く生れたるしるし無く、鳥けだものに同じくして、草木の、天地の恵のまゝに生長し、枯しほみて人の養となり、妨とならざるには、遥に劣れるぞあさましき。人は万物の霊とて、天地の内にて、いと貴きものなれど、天地の性にそむき、人の道をうしなはゞ、禽獣に近くて、貴ぶに足らず。是自ら我が身を賤しくもちくだすなり。豈賤しむべき事ならずや。
書き下し
一天地の恵をうけて、わが身に生れつきたる四徳なれば、人の人となれる道理、ここにあり。然るに此道理を知らず、且人欲にくらまされ、是をすてて行はず、天地の徳にそむき、人の道を失ふこと、悲むべし。此四徳を失へば、人と斯く生れたるしるし無く、鳥けだものに同じくして、草木の、天地の恵のままに生長し、枯しほみて人の養となり、妨とならざるには、遥に劣れるぞあさましき。人は万物の霊とて、天地の内にて、いと貴きものなれど、天地の性にそむき、人の道をうしなはば、禽獣に近くて、貴ぶに足らず。是自ら我が身を賤しくもちくだすなり。豈賤しむべき事ならずや。
現代語訳
天地の恵みを受けて、自分の身に生まれつき備わった四徳であるから、人が人である道理はここにあります。それなのにこの道理を知らず、しかも人欲にくらまされて、これを捨てて行わず、天地の徳にそむき、人の道を失うことは悲しむべきです。この四徳を失えば、人とこうして生まれたしるしがなく、鳥や獣と同じになって、草木が天地の恵みのままに生長し、枯れしぼんで人の養いとなり、妨げとならないのにも、はるかに劣るのは嘆かわしいことです。人は万物の霊といわれて、天地の内でたいへん貴いものですが、天地の性にそむき、人の道を失えば、禽獣に近くなって貴ぶに足りません。これは自分で自分の身を賤しくおとしめることです。なんと賤しむべきことではありませんか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『初学訓』巻之一一天地の生ずる所人を貴とす。是仁義礼智の五常の性をうけて、人倫の道あり。是人の万物にすぐれてたふとき所なり。此五常をうしなふべからず。これを失へば、天地にそむきて人にあらず。そのうへ、人は天地の生ずる五穀のよき味、鳥獣魚介のうまき肉を食ひて身を養ひ、布帛をあたたかに著家に居て、風寒暑湿をふせぎて身をやすんず。衣食家居の養は、父母主君の恩によれりといへども、其本は皆天地の生じ出せるたまものなり。されば、人は、かくのごとく天地のきはまりなき御めぐみを受くること、万物にすぐれたり。かかる大恩をうけて知らざるは、むげにおろかなり。天恩を忘れて、人と斯く生れたる身の貴き理をいたづらになすは、口をし。
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『初学訓』巻之一一天地のうめる所の万物、皆是天地の気をうけたりといへども、其中につきて、人ばかり貴きものなし。いかんとなれば、人は、仁義礼智信の五常の性あり。是、天地の心をうけて、本性とするなり。此身、五倫に交り、生れつきたる五常の本性のままに順へば、五倫の道行はる。是まづ、人の貴き大本なり。其上、目に五色をわかち、耳に五音をわきまへ、口に五味を知り、鼻に五臭をかぐ。書をよみ、古を学んでは、天地人の道をさとり、万物の理に通じ、古今天下のことを知る。是人の万物にすぐれて、いと貴き所なり。故に、尚書に、人は万物の霊といへり。霊とは、すぐれて明かなるたましひあるをいふ。人は、全く天地の御心をうけて心とせり。此故に、其心霊なり。
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『五常訓』巻之一・総論一およそ人となれる者は、天の大徳をうけて生れ、其心に生れつきたるものあり。名づけて性と云ふ。是即天地の万物を生じ給ふ大徳の生理なる故に、性の字、心にしたがひ、生にしたがふ。此性の内、おのづから五の徳あり。名づけて五常と云ふ。古今天下の人、たかきいやしき、さかしおろかなる、皆おしなべて、此五の徳を生れつきて、心にそなはれる事、古今かはることなし。ここを以て五の常と云ふ。常とはかはらざるを云ふ。此五常の性は、人の人となれる理にして、人の万物にすぐれて貴く、禽獣にかはれる所ここにあり。此五の性にしたがへば、五倫の道是より行はれて、人道是によりて立つ。故に天下の道理是より出て、道の本根とす。故におよそ人たる者、此理を知らずんばあるべからず。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一天地の中に万物あり。万物の内、人ばかりたふとき物なし。かるがゆゑに万物の霊といふ。其霊たるゆゑに、心に五性あり、身に五倫あり、目に五色をわかち、口に五味をおぼえ、耳に五音をわきまへ、鼻に五臭を知る。鳥けだものには、此あまたの事一もなし。人となりて、かかるたふとき身を得たる事、まことに天地の間の大なる幸を得たるなり。しかるに人となれる道を知らず、禽獣に近くして、空しく此世を過し、人と生れたる身をいたづらになす事、くやしからずや。
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『五常訓』巻之二・仁之上一尚書に、人は万物の霊といへり。霊とは、たましひとよむ。人は万物にすぐれて明なるたましひあるを云ふ。天地は万物の父母なれば、万物は天地の子なり。されど万物の内、人は陰陽の正しく委しき気をうけて生る。故に鳥けだもの虫魚、凡万物にすぐれて、とりわき天地の大徳を生れつきたり。ここを以て万物の霊といへり。又孝経に、天地の性、人を貴しとすとのたまへり。天地の内、性をうけたる物、人ばかり貴きはなし。如何となれば、天地の徳をたがへずして、そのまま心に生れつきたればなり。されば人は、すなはち天地の万物をうみ給ふ生理を以て、心とせり。此心を名づけて仁と云ふ。およそ人たるものは、いにしへ今、此仁あらずといふ事なし。是人たる者の心也。故に孟子にも、仁は人の心なりといへり。若人此仁を失はば、形は人なりといへど、心は禽獣に近かるべし。然れば、人と生れたるしるしなく、万物の霊とするに足らず、又貴しとすべからず。故に人となる者は、仁を心にたもち、身に行はずんばあるべからず。如何となれば、仁は天地よりうけて、人となれる理なればなり。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一凡人となれるものは、皆天地の徳をうけ、心に仁義礼智信の五性を生れつきたれば、其性のままに随へば、父子、君臣、夫婦、長幼、朋友の五倫の道行はる。是人の万物に勝れて尊き所なり。是を以て、人は万物の霊と云へるなるべし。霊とは、万物に勝れて明なる智あるを云へり。されども、食にあき、衣をあたたかに著、居所を安くするのみにて、人倫の教なければ、人の道を知らず、禽獣に近くして、万物の霊と云へるしるしなし。古の聖人是を憂ひ、師を立て、学び所を立て、天下の人に、幼き時より道を教へ給ひしかば、人の道立ちて、禽獣に近きことを免る。凡人の小なる業も、皆師なく教なくしては、自らは為し難し。況や人の大なる道は、古のさばかり賢き人といへど、学ばずして自らは知り難くて、皆聖人を師として学べり。
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