五常訓 / 巻之一・総論
天地の萬物をうみ給ふあはれみの理、人の心に生れつきたるを仁と云ふ。仁は人心の全德なり。故に仁の一理を以て、義禮智信をかね、又萬の善をすべたり。春の氣を以て、夏秋冬を兼ぬるが如し。されども易においては、人の道をたてゝ仁と義といふと、仁義の二をつらねて說き給へり。是經書に、仁義をつらね說ける初なり。孟子に至りて、孔子の道をひろめて、仁義をもはら說き給ふ。仁義の二にて、萬善行はれ、人道たつこと、天に陰陽ありて、天道行はるゝが如し。されども孔子の說き給ふ仁の外には出でず。唯仁の一理をわかちて、仁義といへるなり。たとへば一年の内、元氣の流行は一すぢなれど、動靜の分あるを以て、わかちて陰陽といへるが如し。
新字:天地の万物をうみ給ふあはれみの理、人の心に生れつきたるを仁と云ふ。仁は人心の全徳なり。故に仁の一理を以て、義礼智信をかね、又万の善をすべたり。春の気を以て、夏秋冬を兼ぬるが如し。されども易においては、人の道をたてゝ仁と義といふと、仁義の二をつらねて説き給へり。是経書に、仁義をつらね説ける初なり。孟子に至りて、孔子の道をひろめて、仁義をもはら説き給ふ。仁義の二にて、万善行はれ、人道たつこと、天に陰陽ありて、天道行はるゝが如し。されども孔子の説き給ふ仁の外には出でず。唯仁の一理をわかちて、仁義といへるなり。たとへば一年の内、元気の流行は一すぢなれど、動静の分あるを以て、わかちて陰陽といへるが如し。
書き下し
天地の万物をうみ給ふあはれみの理、人の心に生れつきたるを仁と云ふ。仁は人心の全徳なり。故に仁の一理を以て、義礼智信をかね、又万の善をすべたり。春の気を以て、夏秋冬を兼ぬるが如し。されども易においては、人の道をたてて仁と義といふと、仁義の二をつらねて説き給へり。是経書に、仁義をつらね説ける初なり。孟子に至りて、孔子の道をひろめて、仁義をもはら説き給ふ。仁義の二にて、万善行はれ、人道たつこと、天に陰陽ありて、天道行はるるが如し。されども孔子の説き給ふ仁の外には出でず。唯仁の一理をわかちて、仁義といへるなり。たとへば一年の内、元気の流行は一すぢなれど、動静の分あるを以て、わかちて陰陽といへるが如し。
現代語訳
天地が万物を生み出されるあわれみの理が、人の心に生まれつき備わったものを仁といいます。仁は人の心の完全な徳です。ゆえに仁という一つの理によって、義・礼・智・信をかね、またあらゆる善をすべています。春の気が夏・秋・冬をかねるようなものです。けれども『易』では、人の道を立てて仁と義というと、仁義の二つを並べて説かれました。これが経書で仁義を並べて説いた初めです。孟子に至って、孔子の道をひろめて、仁義をもっぱら説かれました。仁義の二つによってあらゆる善が行われ、人の道が立つことは、天に陰陽があって天の道が行われるようなものです。けれども孔子の説かれた仁の外には出ません。ただ仁という一つの理を分けて、仁義といったのです。たとえば一年のうち、元気の流れは一筋であるけれども、動と静の区別があるので、分けて陰陽というようなものです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『童子問』卷下問ふ、老氏の虚無と、釈氏の寂滅と、亦異なる所有りや。曰く、浅深有るがごとしと雖も、然れども其の帰は則ち一なり。老氏は天地万物を以て皆虚無と為し、釈氏は天地万物を以て総べて寂滅と為す。後漢書に云ふ、其の道虚無を以て宗と為すと。是れのみ。其の他種種奇特神通を説くは、皆方便の説のみ。老氏に至つては反つて之無し。仏は慈悲済度を以て主と為す。禅に至つては、則ち一向に棄て去る。理を説くこと至つて高ければ、必ず此に到らざることを得ず。其の慈悲済度を主とするは、仁に似たり。然れども義を知らざるは、則ち一なり。殊に知らず、義は天下の大路にして、一日も離るべからざることを。老氏も亦然り。
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『五常訓』巻之四・義一尚書に、礼を以て心を制し、義を以て事を制すといへり。礼は敬のみ。敬して心の私曲を制するなり。義を以て事を制すとは、万事を行ふに、其事に宜しく制するなり。制すとは、たとへば長きを断ちてよき程にし、多きをへらしてよき程にするが如し。物を裁判してよきやうにするを云ふ。是仁をたすくるなり。一年の功も、春夏生長するは仁なり。秋冬収蔵するは義なり。収蔵とは、草木零落し、生気をさまりて、根にかへるを云ふ。仁ありて、義なければ、たとへば春夏の生長するばかりにて、秋冬の収蔵なければ、万物成就せざるが如し。子を育つる一事を以ていはば、子を愛するは仁なり。子の悪を戒むるは義なり。愛せざれば、恩なくして他人の如し。愛のみにて戒めざれば、其子不義にながれ、悪におち入りて、わざはひとなる故、姑息して愛するが、かへりてあたとなりて、真の愛にあらず。
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司馬法・嚴位故に心は仁に中(あた)り、行いは義に中る、物に堪うるは智なり、大に堪うるは勇なり、久しきに堪うるは信なり。
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『武士道』第五章 仁・愛不忍の心・義に過ぐれば固くなる而して又たここに予の、更に此問題に就きて一引証を加ふることを許せ。されば近時独逸皇帝の、コブレンツに於てせる演説の一句を挙げんか。曰く、『神恩によつて王たるものは、之に伴ふ重大なる責任あり。而してひとり、造物主に対して甚大なる責務を有し、人も大臣も国会も、君王をして能く此れより免れしむること能はず』と。仁は温和なる徳なり、母の心なり。端正なる節義、厳厲なる公正を以て男性的なりとせば、仁愛の柔和にして人を服するは、即ち女性的なりと云ふを得べきか。されど仁愛に加ふるに正義を以てせずして、漫に之に流るるは、人の深く戒むべき所にして、伊達政宗の言にも是れあり、『義に過ぐれば固くなる。仁に過ぐれば弱くなる』と。仁は美はしくて又た遍し。
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司馬法・仁本古者(いにしえ)は仁を以て本と為し、義を以てこれを治め、これを治めて正と為す。
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『慎思録』巻之一仲虺の誥に曰く、克く寛に克く仁に、信を兆民に彰かにすと。六経の仁信を言ふは、此に始まる。又曰く、義を以て事を制し、礼を以て心を制すと。六経の義礼を言ふは、此に始まる。又曰く、天乃ち王に勇智を錫ふと。六経の智勇を言ふは、此に始まる。湯誥に曰く、惟れ皇いなる上帝、衷を下民に降す。恒の性有るに若ひ、克く厥の猷を綏んずるは、惟れ后なりと。六経の性を言ふは、此に始まる。太甲に曰く、鬼神は常に享くること無し、克く誠なるに享くと。六経の誠を言ふは、此に始まる。
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