五行大義 / 第二十四論禽虫・第二者論三十六禽
禽蟲之類。名數甚多。今解三十六者。蓋取六甲之數。拭經所用也。其十二屬。配十二支。支有三禽。故三十有六禽。所以支有三者。分一日爲三時。旦及晝暮也。若以意求。正應十二屬竝居晝位。不應或旦或暮。今依拭經法。以氣而取。孟則在暮。仲則在中。季則在旦。是十二屬當十二辰也。餘二十四。既是配禽。以不當支位。所以孟在暮者。孟是一時之首氣。初則未盛。向仲方盛。故屬也。取近盛氣。所以在暮也。仲則在晝者。以其氣盛在中也。季則在旦者。以季爲一時之末。其氣已衰。當初近仲。尚有王勢。故屬旦也。於式當位。二俱不失。王簡云。子。朝爲䴏。晝爲鼠。暮爲伏翼。丑。朝爲牛。晝爲蟹。暮爲鼈。寅。朝爲狸。晝爲豹。暮爲虎。本生經云。旦爲生木。又云。晝爲虎。暮爲狸。卯。朝爲猬。晝爲兔。暮爲貉。一云。朝爲狐。本生經云。暮爲鶴。辰。朝爲龍。晝爲蛟。暮爲魚。巳。朝爲蟮。晝爲蚯蚓。暮爲魚蛇。一云。暮爲龜。本生經言。旦爲赤土。晝爲蛇。暮爲蟬。午。朝爲鹿。晝爲馬。暮爲獐。本生經言。旦爲馬。晝爲鹿。暮爲麞。未。朝爲羊。晝爲鷹。暮爲鴈。本生經云。
新字:禽虫之類。名数甚多。今解三十六者。蓋取六甲之数。拭経所用也。其十二属。配十二支。支有三禽。故三十有六禽。所以支有三者。分一日為三時。旦及昼暮也。若以意求。正応十二属並居昼位。不応或旦或暮。今依拭経法。以気而取。孟則在暮。仲則在中。季則在旦。是十二属当十二辰也。余二十四。既是配禽。以不当支位。所以孟在暮者。孟是一時之首気。初則未盛。向仲方盛。故属也。取近盛気。所以在暮也。仲則在昼者。以其気盛在中也。季則在旦者。以季為一時之末。其気已衰。当初近仲。尚有王勢。故属旦也。於式当位。二倶不失。王簡云。子。朝為䴏。昼為鼠。暮為伏翼。丑。朝為牛。昼為蟹。暮為鼈。寅。朝為狸。昼為豹。暮為虎。本生経云。旦為生木。又云。昼為虎。暮為狸。卯。朝為猬。昼為兔。暮為貉。一云。朝為狐。本生経云。暮為鶴。辰。朝為竜。昼為蛟。暮為魚。巳。朝為蟮。昼為蚯蚓。暮為魚蛇。一云。暮為亀。本生経言。旦為赤土。昼為蛇。暮為蝉。午。朝為鹿。昼為馬。暮為獐。本生経言。旦為馬。昼為鹿。暮為麞。未。朝為羊。昼為鷹。暮為鴈。本生経云。
書き下し
禽虫の類は、名数甚だ多し。今三十六を解するは、蓋し六甲の数を取り、拭経(しょくけい)の用うる所なり。その十二属は十二支に配し、支に三禽有り、故に三十有六禽なり。支に三有る所以は、一日を分かちて三時と為す、旦及び昼・暮なり。若し意を以て求むれば、正に十二属並びに昼位に居るべく、或いは旦或いは暮なるべからず。今拭経の法に依り、気を以て取れば、孟は則ち暮に在り、仲は則ち中に在り、季は則ち旦に在り。是れ十二属の十二辰に当たるなり。余の二十四は既に是れ配禽にして、以て支位に当たらず。孟の暮に在る所以は、孟は是れ一時の首気にして、初めは則ち未だ盛んならず、仲に向かいて方に盛んなり、故に属するなり。近盛の気を取る、所以に暮に在るなり。仲の昼に在るは、その気盛んにして中に在るを以てなり。季の旦に在るは、季は一時の末たりて、その気已に衰うるも、初に当たりて仲に近く、尚お王勢有るを以て、故に旦に属するなり。式に於いて位に当たり、二つながら俱に失わず。王簡に云う、子は朝を䴏(えん)と為し、昼を鼠と為し、暮を伏翼(ふくよく)と為す。丑は朝を牛と為し、昼を蟹と為し、暮を鼈(べつ)と為す。寅は朝を狸と為し、昼を豹と為し、暮を虎と為す。『本生経』に云う、旦を生木と為す、と。又た云う、昼を虎と為し、暮を狸と為す、と。卯は朝を猬(い)と為し、昼を兎と為し、暮を貉(かく)と為す。一に云う、朝を狐と為す、と。『本生経』に云う、暮を鶴と為す、と。辰は朝を竜と為し、昼を蛟と為し、暮を魚と為す。巳は朝を蟮(せん)と為し、昼を蚯蚓(きゅういん)と為し、暮を魚蛇と為す。一に云う、暮を亀と為す、と。『本生経』に言う、旦を赤土と為し、昼を蛇と為し、暮を蟬と為す、と。午は朝を鹿と為し、昼を馬と為し、暮を獐(しょう)と為す。『本生経』に言う、旦を馬と為し、昼を鹿と為し、暮を麞(しょう)と為す、と。未は朝を羊と為し、昼を鷹と為し、暮を鴈と為す。『本生経』に云う、
現代語訳
鳥獣や虫の類は、名も数もきわめて多い。いま三十六を解説するのは、六十干支(六甲)にちなむ数を取ったもので、式占の書(拭経、式経)が用いるものである。その十二の属(十二支の動物)を十二支に配し、一つの支に三つの禽があるので、三十六禽となる。一つの支に三つあるわけは、一日を朝・昼・暮の三つの時に分けるからである。もし理屈だけで考えれば、十二の属はみな昼の位置にあるべきで、朝にあったり暮にあったりするはずはない。しかしいま式占の法に従って気によって取ると、孟(四季それぞれの最初の月の支)は暮に、仲(真ん中の月の支)は昼に、季(最後の月の支)は朝にある。これで十二の属が十二の辰にあたるのである。残りの二十四は付け加えて配した禽であり、支の本位にはあたらない。孟が暮にあるわけは、孟は一つの季節の最初の気で、はじめはまだ盛んでなく、仲に向かってようやく盛んになるので、それに属させる。盛りに近づいていく気を取るので、暮にあるのである。仲が昼にあるのは、その気が盛んで真ん中にあるからである。季が朝にあるのは、季は一つの季節の終わりで、気はすでに衰えているが、その初めの時期は仲に近く、まだ盛んな勢いが残っているので、朝に属させるのである。こうすれば式盤の上で位置にかない、両方とも失われない。王簡の説ではこうである。子は朝が燕、昼が鼠、暮が蝙蝠(伏翼)。丑は朝が牛、昼が蟹、暮がスッポン。寅は朝が狸(山猫)、昼が豹、暮が虎。『本生経』は、朝を生木とする、と言い、また、昼を虎、暮を狸とする、とも言う。卯は朝がハリネズミ、昼が兎、暮が貉(むじな)。一説に、朝を狐とする。『本生経』は、暮を鶴とする、と言う。辰は朝が竜、昼が蛟(みずち)、暮が魚。巳は朝がウツボの類(蟮)、昼がミミズ、暮が魚蛇。一説に、暮を亀とする。『本生経』は、朝を赤土、昼を蛇、暮を蝉とする、と言う。午は朝が鹿、昼が馬、暮がノロ(獐)。『本生経』は、朝を馬、昼を鹿、暮をノロとする、と言う。未は朝が羊、昼が鷹、暮が雁。『本生経』は言う、
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽暮を老木と為す、と。申は朝を猫と為し、昼を猨(えん)と為し、暮を猴と為す。一に云う、旦を羊と為す、と。『本生経』に言う、暮を死石と為す、と。酉は朝を雉と為し、昼を雞と為し、暮を馬と為す。一に云う、朝を雞と為し、暮を死石と為す、と。『禽変』に云う、暮を死土と為す、と。『本生経』に言う、暮を鳶と為す、と。戌は朝を狗と為し、昼を狼と為し、暮を豺(さい)と為す。一に云う、暮を死金と為す、と。『禽変』に云う、暮を死火と為す、と。亥は朝を豕(し)と為し、昼を玃(かく)と為し、暮を猪と為す。一に云う、旦を生木と為し、昼を豕と為し、暮を蛦蝓と為す、と。一に云う、旦を豚と為し、昼を𤠾と為す、と。一に云う、暮を朽木と為す、と。本生経及び禽変に互いに同じからざる有りと雖も、昼暮の位は、理として前解に従う。子の鼠・䴏・伏翼たるは、色皆玄なり、水の色を取る。鼠の性たる、昼伏し夜遊ぶ、陰気に象るなり。穴より出でて常に首を見(あら)わすは、陽気の子に萌動して、見(あら)われんと欲するの状に象るなり。䴏の口下に赤き有るは、陰の陽を懐くに象る。その尾の分かるるは、陰の数二なればなり。春分にして至るは、陽に随いて見わるるなり。秋分にして蟄するは、陰に随いて伏すなり。『礼記』月令に云う、仲春の月、玄鳥至る。至るの日、太牢を以て高禖(こうばい)に祀り、以て子孫を祈るなり、と。秋分に玄鳥帰るなり。是れ二月に見わるるは、子は卯を刑すればなり。『易通卦験』に云う、玄鳥は陰鳥なり、と。伏翼は、鼠老いて之と為る、之を仙鼠と謂う。『方言』に云う、関より已東、之を伏翼と謂う、と。三者は皆是れ陰虫なり、故に並びに子に居るなり。
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五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽豺は狼の属なり、と。故に並びに戌に居る。一に曰く、暮を死金と為すは、金は戌に至りて衰敗するが故なり。『禽変』に云う、暮を死火と為すは、戌は火の墓なればなり。亥の猪・豕・猚たるは、拭経に云う、亥は雑水たり、穢濁廁溷(しこん)の象なり、と。猪の居る所なり。猪の色玄なるは、水の色に象るなり。その蹄の分かるるは、陰の象なり。五更に必ず起きて、その常を失わざるは、水に潮有りて期に違わざるが如し。『家語』に云う、六九五十四、四は時を主り、時は豕を主る、豕は四月にして生まる、と。巳を衝く、故に亥に在り。豕は猪の小なる者なり。猚も亦たその類を取り、而して好んで夜行く、陰性なるを以てなり。故に並びに亥に在り。一に云う、旦を生木と為すは、木は亥に生ずればなり。暮を蛦蝓と為すは、㺄は応(まさ)に是れ𤠾なるべし、恐らくは字の誤りならん。又た云う、旦を㹠(とん)と為す、と。㹠と豕とは同じなり。一に云う、暮を朽木と為すは、木始めて生じ敷くも、水に因りて淹没す、故に腐朽するなり。問いて曰く、禽虫の例は数多し。何の故に麟・鳳を取りて属と為さず、乃ち蚯蚓・蛇・鼠の小虫を取る、と。答えて曰く、十二属を取るは、皆その時を知り気を候い、或いは色、或いは形、並びに陰陽に応ずるを以ての故なり。麟鳳は已に五霊に配す、是れ虚にして用いざるに非ず、と。又た問いて曰く、麟鳳は已に五霊に配するを以て更に取らずとせば、竜虎も亦た配す、何為(なんす)れぞ復た用うる、と。答えて曰く、竜動けば雲興り、虎嘯けば風起こる。此れ是れ陰陽の気に応ず、所以に須らく取るべし。麟鳳は霊なりと雖も、作動する所無し、故に重ねて用いず、と。その十二属は、並びに是れ斗星の気、散じて人の命と為り、北斗に係る。是の故に用いて以て属と為す。『春秋運斗枢』に曰く、枢星は散じて竜・馬と為り、旋星は散じて虎と為り、機星は散じて狗と為り、摧星は散じて蛇と為り、玉衡は散じて雞・兎・鼠と為り、闔陽は散じて羊・牛と為り、揺光は散じて猴・猿と為る、と。此れ等は皆上は天星に応じ、下は年命に属するなり。三十六禽は、各おの方位を作し、禽虫の長と為り、三百六十を領す。十にして之を倍し、三千六百に至る。並びに五行に配し、皆相貫領す。既に占候の用に非ず、復た具さには釈せず。
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五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽丑の牛・蟹・鼈たるは、丑は艮たり、立春の節、農事既に興る、牛の力なり。又た、上は牛宿に当たる。『説題辞』に曰く、牛は陰事たり、耦耜(ぐうし)を牽きて耕すなり、と。故に丑に在り。蟹は、立春の時、卉木根を生ず、その足の如きなり。艮は山たり、巨霊贔負(ひいき)し、首に霊山を頂き、蓬萊山を負う、即ち巨蟹なり。鼈は、土の精気にして生じ、中軟らかく外堅し、土の陰陽を含むに象るなり。その蔵の黄なるは、土の色なり。牛も亦た黄有り、蟹の中も亦た黄なり、皆土の精なり。丑は北方水位に在り、故に兼ねて水・土を主る。寅の虎・豹・狸たるは、三獣の形類皆相似たり。寅は木位たり、木は藂林(そうりん)を主る。寅は又た艮に属し、艮は山たり、虎の処る所なり。『集霊経』に云う、寅は少陽たり、五色玄黄なり、と。寅には又た生火有り、火は文章を主る。三獣俱に斑にして、並びに文有るなり。上は箕宿(きしゅく)に応ず、箕は風を主る。虎嘯(うそぶ)けば風起こる。『易』に云う、風は虎に従う、と。『家語』に云う、三九二十七、七は星を主り、星は虎を主る。虎は七月にして生まる、と。申は寅を衝く、故に虎は寅に在り。狸・豹は同類を以て相従うなり。『本生経』に木を主ると云うは、寅に相木有り、正月方に生ずるを以てなり。卯の兎・猬・狢たるは、兎は陽虫なり。月中に居るは、陰の陽を懐くなり。『元命苞』に云う、兎の月中に居るは、陰の陽を懐くなり、と。坎の気なり。坎は子位に在り、子の刑は卯に在り、故に兎は卯に属す。老兎は猬と為る。狢も亦た兎の類なり、故に並びに卯に居る。一に云う、
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五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽陽体は剛強なり、故にその衝を取る。未の羊・鷹・鴈たるは、拭経に云う、未は小吉たり、婚姻礼娉(れいへい)を主る、と。礼娉に羊・鴈の用有り。鄭玄の『婚礼謁文』に云う、鴈は陰陽を候(うかが)い、時を待ちて乃ち挙がる、と。『易』は坤を以て羊と為す、坤は未に在るなり。『礼記』月令に云う、季夏の月、鷹初めて学習す、と。此れ候に因りて之に配す。『本生経』に老木と云うは、未は木の墓たり、木は六月に至りて衰老するを以てなり。申の猴・猿・猫たるは、秋は殺気たり、万物衰老す。猴猿の貌は、並びに老人に似たり。七月、山果皆熟す。猴猿はその儲糧の時を以て王と為す。拭経に云う、金気盛んなる時、能く万物を老いしむ、猴猿の貌なり、と。『家語』に云う、五九四十五、五は音たり、音は猿を主る。猿は五月にして生まる、と。午の中に沐浴の金有り、殺気未だ壮んならず。申に至りて金王たり、殺気始めて強し。又た言う、火中に在りては未だ音声有らず、火を出でてその音方に成る、と。故に並びに申に在り。『本生経』に旦を玉と為すと言うは、玉に温潤鏗鏘(こうそう)の音有り、故にその旦を取る。暮を死石と為すは、石は是れ玉の類にして、亦た音声有り、その気の衰うるを言う、故に暮に在りて死と曰う。玉石は皆金の本なり、故に皆金位に配す。猫も亦た是れ同類なり、故に以て焉(これ)に配す。酉の雞・雉・烏たるは、酉は金たり、威武の用なり。雞に五徳有り、武を以て先と為す。敵を見れば必ず闘う、是れその本性なり。『説題辞』に云う、雞は積陽たり、南方の象なり。火は陽精の物にして炎上す、故に陽出づれば則ち雞鳴く、類を以て感ずるなり、と。
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五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽『考異郵』に云う、雞は火畜なり、鳴くこと寅に近し。寅は陽にして生火有り、喜ぶ故に鳴く、と。武事には必ず号令有り、故に西方に在り。巽を雞と為す、亦た号令たり。辰巳は並びに酉と合す、故に酉に在り。雉は是れ火鳥にして、武の威たり。『方伎伝』に云う、太白光を揚ぐれば則ち雞鳴き、熒惑燿(ひかり)を流せば則ち雉驚く、と。『易通卦験』に云う、雉は是れ陽なり、雄鳴けば則ち雌応ず、陽唱え陰和するの義なり。時に当たれば則ち雊(な)く、亦た号令の義なり、と。烏は陰の禽にして日中に居る。『元命苞』に云う、烏の日中に在るは、陽の陰を懐くに象るなり、と。その日中に在りて陽気を得るを以て、故に仁にして能く反哺す。酉に在るは、春の時、日兌・酉に臨む、是れ二八の門にして、日の入る処なり。その終わりを取るなり。故に並びに酉に配す。又た云う、暮を死石と為すは、その金気の衰うるを取るなり。『禽変』に曰く、暮を死土と為すは、土は金の末に至りて気衰敗するなり。『本生経』に云う、暮を鳶と為すは、亦た迅撃して武用有るなり。五徳無し、故に暮に在り。戌の狗・狼・豺たるは、戌は黄昏たり、乾は天門たり。戌は既に乾に属す、昏闇の時、以て警備するなり。京氏の『別対』に曰く、狗は主として行きて以て奸を防ぐ、と。『易』に曰く、艮を狗と為す、と。艮は既に是れ門闕なり、狗は以て守り防ぐなり。『家語』に云う、七九六十三、三は斗を主り、斗は狗を主る。狗は三月にして生まる、と。辰は戌を衝き、寅・戌は合す、故に戌に在り。『礼記』月令に云う、九月の時、豺乃ち獣を祭る、と。候に因りて之に配す。狼は形相似たり。『説文』に云う、
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五行大義・第二十四論禽虫・第二者論三十六禽狢は狐なり、狐・狢相類するなり。『本生経』に鶴と言うは、此れ音同じくして字誤れるなり。辰の竜・鮫・魚たるは、申は水の源たり、子は中流たり、辰は水の末たり。百川東に注ぎて、皆海に帰するが如し。竜は能く雲を興し雨を致し、水虫の長たり、海に非ざれば苞容すること能わず、故にその神にして大なり。鮫魚も亦た是れ水虫の長なる者なり、故に並びに辰に在り。巳の蛇・蟮・蚯蚓たるは、拭経に云う、巳に騰蛇の将有り、と。因りて之に配す。蛇は陽なり、本南に在り。亀は陰なり、本北に在り。蛇を以て亀に配し、玄武と為す。二虫共に一神と為り、陰偶を以て、故に数に従いて北方に在り。蟮及び蚯蚓は、皆形同じなり。『礼記』に云う、小満の節、蚯蚓出で見(あら)わる、と。慎子云う、騰蛇霧に遊ぶも、蚯蚓と同じ、と。黄帝に大螟(たいめい)有り蚯の如し、以て土徳に応ず。巳に寄生の土有り、故に並びに之に配す。『本生経』に土と言うは、火相合して土を生ずるを以てなり。衆書を検ずるに、蟮は或いは鼉(だ)と為し、鼉の字は復た蟬と作る。『本生経』に蟬を解して云う、常に水に蔵れ、羅網を畏れ、悲吟して言わず、且つ歌わんと欲す、と。その悲吟を言えば、蟬と相類す。その水蔵を論ずれば、鼉と相類す。その形状及び土気は、巳の蛇・蟮・蚯蚓と相類す。鼉と蟬と並ぶは、此れ非なり。又た『射覆経』に云う、蟬に遇う者は水虫なり、当に是れ蜆(けん)なるを知るべし、と。午の鹿・馬・麞たるは、午は太陽たり、馬に員蹄有り、陽に象るなり。
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