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五行大義 / 第二十四論禽虫・第二者論三十六禽

暮爲老木。申。朝爲猫。晝爲猨。暮爲猴。一云。旦爲羊。本生經言。暮爲死石。酉。朝爲雉。晝爲雞。暮爲馬。一云。朝爲雞。暮爲死石。禽變云。暮爲死土。本生經言。暮爲鳶。戌。朝爲狗。晝爲狼。暮爲豺。一云。暮爲死金。禽變云。暮爲死火。亥。朝爲豕。晝爲玃。暮爲猪。一云。旦爲生木。晝爲豕。暮爲蛦蝓。一云。旦爲豚。晝爲𤠾。一云暮爲朽木。雖本生經及禽變。互有不同。晝暮之位。理從前解。子爲鼠䴏伏翼者。色皆玄也。取水之色。鼠之爲性。晝伏夜遊。象陰氣也。出於穴。常見首者。象陽氣萌動於子。欲見之狀也。䴏口下有赤者。象陰之懷陽。其尾分者。陰數二也。春分而至。隨陽見也。秋分而蟄。隨陰伏也。禮記。月令云。仲春之月。玄鳥至。至日。以太牢祀于高禖。以祈子孫也。秋分。玄鳥歸也。是見二月者。子刑卯也。易通卦驗云。玄鳥。陰鳥也。伏翼者。鼠老爲之。謂之仙鼠。方言云。自關已東。謂之伏翼。三者皆是陰蟲。故竝居子也。

新字:暮為老木。申。朝為猫。昼為猨。暮為猴。一云。旦為羊。本生経言。暮為死石。酉。朝為雉。昼為鶏。暮為馬。一云。朝為鶏。暮為死石。禽変云。暮為死土。本生経言。暮為鳶。戌。朝為狗。昼為狼。暮為豺。一云。暮為死金。禽変云。暮為死火。亥。朝為豕。昼為玃。暮為猪。一云。旦為生木。昼為豕。暮為蛦蝓。一云。旦為豚。昼為𤠾。一云暮為朽木。雖本生経及禽変。互有不同。昼暮之位。理従前解。子為鼠䴏伏翼者。色皆玄也。取水之色。鼠之為性。昼伏夜遊。象陰気也。出於穴。常見首者。象陽気萌動於子。欲見之状也。䴏口下有赤者。象陰之懐陽。其尾分者。陰数二也。春分而至。随陽見也。秋分而蟄。随陰伏也。礼記。月令云。仲春之月。玄鳥至。至日。以太牢祀于高禖。以祈子孫也。秋分。玄鳥帰也。是見二月者。子刑卯也。易通卦験云。玄鳥。陰鳥也。伏翼者。鼠老為之。謂之仙鼠。方言云。自関已東。謂之伏翼。三者皆是陰虫。故並居子也。

書き下し

暮を老木と為す、と。申は朝を猫と為し、昼を猨(えん)と為し、暮を猴と為す。一に云う、旦を羊と為す、と。『本生経』に言う、暮を死石と為す、と。酉は朝を雉と為し、昼を雞と為し、暮を馬と為す。一に云う、朝を雞と為し、暮を死石と為す、と。『禽変』に云う、暮を死土と為す、と。『本生経』に言う、暮を鳶と為す、と。戌は朝を狗と為し、昼を狼と為し、暮を豺(さい)と為す。一に云う、暮を死金と為す、と。『禽変』に云う、暮を死火と為す、と。亥は朝を豕(し)と為し、昼を玃(かく)と為し、暮を猪と為す。一に云う、旦を生木と為し、昼を豕と為し、暮を蛦蝓と為す、と。一に云う、旦を豚と為し、昼を𤠾と為す、と。一に云う、暮を朽木と為す、と。本生経及び禽変に互いに同じからざる有りと雖も、昼暮の位は、理として前解に従う。子の鼠・䴏・伏翼たるは、色皆玄なり、水の色を取る。鼠の性たる、昼伏し夜遊ぶ、陰気に象るなり。穴より出でて常に首を見(あら)わすは、陽気の子に萌動して、見(あら)われんと欲するの状に象るなり。䴏の口下に赤き有るは、陰の陽を懐くに象る。その尾の分かるるは、陰の数二なればなり。春分にして至るは、陽に随いて見わるるなり。秋分にして蟄するは、陰に随いて伏すなり。『礼記』月令に云う、仲春の月、玄鳥至る。至るの日、太牢を以て高禖(こうばい)に祀り、以て子孫を祈るなり、と。秋分に玄鳥帰るなり。是れ二月に見わるるは、子は卯を刑すればなり。『易通卦験』に云う、玄鳥は陰鳥なり、と。伏翼は、鼠老いて之と為る、之を仙鼠と謂う。『方言』に云う、関より已東、之を伏翼と謂う、と。三者は皆是れ陰虫なり、故に並びに子に居るなり。

現代語訳

(『本生経』の続き)暮を老木とする、と。申は朝が猫、昼が猿(猨)、暮が猴(おおざる)。一説に、朝を羊とする。『本生経』は、暮を死石とする、と言う。酉は朝が雉、昼が鶏、暮が馬(後の説明では烏とする)。一説に、朝を鶏、暮を死石とする。『禽変』(禽獣の変化を説く占書)は、暮を死土とする、と言う。『本生経』は、暮を鳶とする、と言う。戌は朝が犬、昼が狼、暮が山犬(豺)。一説に、暮を死金とする。『禽変』は、暮を死火とする、と言う。亥は朝が豕、昼が大猿(玃)、暮が猪。一説に、朝を生木、昼を豕、暮を蛦蝓とする。一説に、朝を子豚、昼を𤠾とする。一説に、暮を朽木とする。『本生経』と『禽変』には互いに食い違いがあるが、昼と暮の位置は、理として前に述べた解釈に従う。子に鼠・燕・蝙蝠を配するのは、どれも色が黒く、水の色を取っているからである。鼠の性質は、昼は隠れて夜に出歩くもので、陰の気にかたどっている。穴から出るとき常に頭だけを出してみせるのは、陽の気が子(冬至の月)に芽生えて、外に現れようとするさまにかたどっている。燕の口の下に赤いところがあるのは、陰が陽を抱くさまにかたどる。燕の尾が二つに分かれているのは、陰の数が二だからである。春分にやって来るのは、陽に従って姿を現すのであり、秋分に隠れるのは、陰に従って身を伏せるのである。『礼記』月令にこうある。仲春の月(陰暦二月)、燕(玄鳥)がやって来る。やって来た日に、牛・羊・豚をそろえた供物で高禖(子授けの神)を祀り、子孫の繁栄を祈る、と。秋分には燕が去っていく。燕が二月に現れるのは、子が卯を刑する(子と卯とが刑の関係にある)からである。『易通卦験』は、燕は陰の鳥である、と言う。蝙蝠は、鼠が年老いてなったものといい、仙鼠と呼ばれる。『方言』(前漢の揚雄による方言辞典)は、函谷関より東では、これを伏翼と呼ぶ、と言う。この三つはみな陰の生き物なので、ともに子に置かれるのである。

解説

三十六禽の一覧の後半と、子の三禽についての説明の始まりである。申の猫・猿・猴、酉の雉・鶏、戌の犬・狼・豺、亥の豕・玃・猪と並び、そのつど異説が付記される。『本生経』や『禽変』には、死石・死土・死火・朽木・生木といった動物でないものが混じり、暮の時刻の衰えた気を「死」や「朽」で表していると見られる。蕭吉は異説を記録しつつも、配当の原則は前節の説に従うと断り、子の鼠・燕・蝙蝠の説明に入る。三つとも黒い色で水の色であり、夜に活動し、燕は春分に来て秋分に去るなど陰陽の消長に従う、と生態の観察を陰陽で読み解いていく。燕が来る日に子授けの神を祀るという『礼記』月令の記事は、渡り鳥の到来を春の生命力の象徴とした古代の感覚を伝えている。子に夜の生き物が集まるのは、子が真夜中と冬至にあたるからである。身近な動物の習性に季節の理を見る目は、今も自然観察を楽しむ視点になる。

この章句が説くこと

五行大義三十六禽子燕蝙蝠

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