五行大義 / 第十七論八卦八風
坎名大剛風。乾名折風。兌名小剛風。艮名凶風。坤名謀風。巽名小弱風。震名嬰兒風。離名大弱風。大剛風者。大陰之氣。好殺故剛。折風者。金強。能摧折物也。小剛風者。亦金殺故也。凶風者。艮在鬼門。凶害之所也。謀風者。坤爲地。大陰之本。多陰謀也。小弱風者。巽爲長女。故稱弱也。嬰兒風者。震爲長男。愛之。故曰兒。大弱風者。離爲中女。又弱於長女也。大剛。小剛。客勝。大弱。小弱。主人勝。凶。有凶害之事。謀。有謀逆之人。折。爲將死。嬰兒風。主人強。此竝兵家顴客主盛衰。候風所從來也。楊泉云。春氣臑。其風溫以和。喜風也。夏氣盛。其風陽以貞。樂風也。秋氣勁。其風熛以清。怒風也。冬氣冷。其風凝以厲。哀風也。又。四維之風。隨生成之氣。方土異宜。各隨所感而風者。天之號令。治政之象。若君有德令。則風不搖條。清和調暢。若政令失。則氣怒凶暴。飛沙折木。此天地報應之理也。此皆五行之氣。故竝釋焉。
新字:坎名大剛風。乾名折風。兌名小剛風。艮名凶風。坤名謀風。巽名小弱風。震名嬰児風。離名大弱風。大剛風者。大陰之気。好殺故剛。折風者。金強。能摧折物也。小剛風者。亦金殺故也。凶風者。艮在鬼門。凶害之所也。謀風者。坤為地。大陰之本。多陰謀也。小弱風者。巽為長女。故称弱也。嬰児風者。震為長男。愛之。故曰児。大弱風者。離為中女。又弱於長女也。大剛。小剛。客勝。大弱。小弱。主人勝。凶。有凶害之事。謀。有謀逆之人。折。為将死。嬰児風。主人強。此並兵家顴客主盛衰。候風所従来也。楊泉云。春気臑。其風温以和。喜風也。夏気盛。其風陽以貞。楽風也。秋気勁。其風熛以清。怒風也。冬気冷。其風凝以厲。哀風也。又。四維之風。随生成之気。方土異宜。各随所感而風者。天之号令。治政之象。若君有徳令。則風不揺条。清和調暢。若政令失。則気怒凶暴。飛沙折木。此天地報応之理也。此皆五行之気。故並釈焉。
書き下し
「坎を大剛風と名づけ、乾を折風と名づけ、兌を小剛風と名づけ、艮を凶風と名づけ、坤を謀風と名づけ、巽を小弱風と名づけ、震を嬰児風と名づけ、離を大弱風と名づく」と。大剛風とは、大陰の気にして、殺を好む、故に剛なり。折風とは、金強くして、能く物を摧折するなり。小剛風とは、亦た金殺の故なり。凶風とは、艮は鬼門に在り、凶害の所なり。謀風とは、坤は地たり、大陰の本にして、陰謀多きなり。小弱風とは、巽は長女たり、故に弱と称するなり。嬰児風とは、震は長男たり、これを愛す、故に児と曰う。大弱風とは、離は中女たり、又長女より弱きなり。大剛・小剛は客勝ち、大弱・小弱は主人勝つ。凶は凶害の事有り。謀は謀逆の人有り。折は将死すと為す。嬰児風は主人強し。此れ並びに兵家の客主の盛衰を顴(み)て、風の従りて来たる所を候(うかが)うなり。楊泉云う、「春の気は臑(やわら)かにして、その風は温にして以て和す、喜風なり。夏の気は盛んにして、その風は陽にして以て貞し、楽風なり。秋の気は勁(つよ)くして、その風は熛(ひょう)にして以て清し、怒風なり。冬の気は冷やかにして、その風は凝にして以て厲(はげ)し、哀風なり」と。又、四維の風は、生成の気に随い、方土宜を異にし、各々感ずる所に随いて風ふく。風は天の号令にして、治政の象なり。若し君に徳令有れば、則ち風条を揺らさず、清和調暢す。若し政令失すれば、則ち気怒りて凶暴にして、沙を飛ばし木を折る。此れ天地報応の理なり。此れ皆五行の気なり、故に並びにこれを釈す。
現代語訳
「坎の風を大剛風といい、乾の風を折風といい、兌の風を小剛風といい、艮の風を凶風といい、坤の風を謀風といい、巽の風を小弱風といい、震の風を嬰児風といい、離の風を大弱風という」。大剛風とは、陰のきわまった気であり、殺すことを好むので剛という。折風とは、金の気が強く、物をくじき折ることができるからである。小剛風とは、これも金の気が殺すからである。凶風とは、艮は鬼門にあり、凶事と害の起こる所だからである。謀風とは、坤は地であり、陰の根本であって、陰謀が多いからである。小弱風とは、巽は長女であるので弱という。嬰児風とは、震は長男であり、これを愛するので児という。大弱風とは、離は中女であり、長女よりもさらに弱いからである。大剛風・小剛風が吹けば攻め手(客)が勝ち、大弱風・小弱風が吹けば守り手(主人)が勝つ。凶風が吹けば凶事や害が起こる。謀風が吹けば謀反を企てる者がいる。折風が吹けば将軍が死ぬ。嬰児風が吹けば守り手が強い。これらはみな兵法家が、攻め手と守り手の勢いの盛衰を見て、風がどの方角から吹いてくるかをうかがうものである。楊泉(晋の学者)はこう言う。「春の気はやわらかく、その風は温かくなごやかで、喜びの風である。夏の気は盛んで、その風は明るくまっすぐで、楽しみの風である。秋の気は強く、その風は激しく清らかで、怒りの風である。冬の気は冷たく、その風は凍りつくように厳しく、哀しみの風である」。また、四隅から吹く風は、物を生み育てる気に従い、土地ごとにふさわしさが異なり、それぞれ感じるところに従って吹く。風は天の号令であり、政治の象である。もし君主に徳のある命令があれば、風は枝も揺らさず、清らかでなごやかに伸びやかに吹く。もし政令が道を失えば、気は怒って凶暴になり、砂を飛ばし木を折る。これが天地が人の行いに報い応じる道理である。これらはみな五行の気であるから、あわせてここで説明した。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第十七論八卦八風今八卦を分かちて以て方位に配するは、坎・離・震・兌は、各々当方の辰に在り。四維の四卦は、則ち丑寅は艮に属し、辰巳は巽に属し、未申は坤に属し、戌亥は乾に属す。八卦既に八風・八方に通じて、以て八節の気を調う。故に坎は広莫風(こうばくふう)を生じ、四十五日にして艮に至り、条風を生ず。四十五日にして震に至り、明庶風を生ず。四十五日にして巽に至り、清明風を生ず。四十五日にして離に至り、景風を生ず。四十五日にして坤に至り、涼風を生ず。四十五日にして兌に至り、閶闔風(しょうこうふう)を生ず。四十五日にして乾に至り、不周風を生ず。四十五日にして又坎に至る。陽気は五に生じて九に極まる、五九四十五、故に左行すること四十五日にして一変するなり。広莫風とは、広は大なり、莫は沙漠なり。寒気広遠にして、沙漠より来たるなり。亦た云う、此の時陽気下に在り、陰これより広大なるは莫きなり。条風とは、条は達なり。此の時万物を達生するなり。明庶風とは、庶は衆なり。此の時陽は施恵の徳を以てし、衆物皆明らかに出づるなり。清明風とは、天気明浄にして清涼なり。此の時清風万物を吹き、盛大明浄にして観るべからしむるなり。景風とは、景は高なり。万物此に至りて太(はなは)だ高きなり。亦た言う、景は竟なり、陽道此に至りて終竟するなり。涼風とは、秋風涼しきなり。此の時陰気淒涼として、万物を収成するなり。閶闔風とは、昌盛なり。
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五行大義・第十七論八卦八風此の時万物盛んにしてこれを収蔵するなり。不周風とは、周は遍(あまね)きなり。万物備わり成る。不周とは、閉じて通ぜざるなり。言うこころは、此の時純陰にして陽無く、閉塞して通ぜざるなり。『淮南子』に曰く、「東北方を蒼門と曰い、条風を生ず。東方を開明門と曰い、明庶風を生ず。東南方を陽門と曰い、清明風を生ず。南方を暑門と曰い、景風を生ず。西南方を白門と曰い、涼風を生ず。西方を閶闔門と曰い、閶闔風を生ず。西北方を幽都門と曰い、不周風を生ず。北方を寒門と曰い、広莫風を生ず」と。蒼門とは、東北は木将に事を用いんとし、春の始めなり、故に蒼門と曰う。開明門とは、明は陽なり、日の出づる所なり、故に開明門と曰う。陽門とは、月建巳に在りて、純陽事を用う、故に陽門と曰う。暑門とは、盛衰の時なり、故に暑門と曰う。白門とは、月建申に在りて、金気の始めなり、故に白門と曰う。閶闔門とは、八月は建酉に在り、万物将に収まらんとす。閶は大、闔は閉にして、収閉の時なり、故に閶闔門と曰う。幽都門とは、幽は暗なり。玄冥将に始めて事を用いんとし、陰聚まる、故に幽なり。故に幽都門と曰う。寒門とは、積寒の在る所なり、故に寒門と曰う。此の八極の方は、是れ八風の起こる所なり。『呂氏春秋』に云う、「東方は滔風(とうふう)、東南は動風、南方は巨風、西南は淒風(せいふう)、西方は飄風、西北は厲風(れいふう)、北方は寒風、東北は炎風」と。此の意も亦た前に同じ。『太公兵書』に云う、
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五行大義・第十七論八卦八風八卦とは、『周易』に云う、「古者(いにしえ)庖羲氏(ほうぎし)の天下に王たるや、仰いでは則ち象を天に観、俯しては則ち法を地に観、鳥獣の文と地の宜とを観、近くは諸(これ)を身に取り、遠くは諸を物に取る。是に於いて始めて八卦を作り、以て神明の徳に通じ、以て万物の情を類す」と。三才を兼ねてこれを両(ふた)つにす、故に六画にして卦を成す。八方の八風に通じ、八節の気を成すに因る、故に卦に八有り。その五行に配するは、乾・兌を金と為し、坎を水と為し、震・巽を木と為し、離を火と為し、坤・艮を土と為す。各々方位を以てこれを言う。『易通卦験』に云う、「艮(ごん)は東北、立春を主る。震は東方、春分を主る。巽(そん)は東南、立夏を主る。離は南方、夏至を主る。坤は西南、立秋を主る。兌(だ)は西方、秋分を主る。乾は西北、立冬を主る。坎(かん)は北方、冬至を主る」と。坎の北方に居るは、冬至の日、陽気黄泉の下に動く。子(ね)は大陰の位と雖も、陽気その下に動くを以て、故にその卦は外陰にして内陽なり。水の内明らかにして、中に陽を懐くに象るなり。故に子の位に居りて以て水に配す。艮の東北に在るは、その卦は一陽上に在り、立春の時、陽気已に発して地上に在るに象る。下に重陰有るは、陰気猶お厚く、陽気尚お微なるに象る。艮は既に山たり、その重陰下に在るを以て、土を積むこと深し。故に卦復た丑に在り。丑は未の衝たり、故に以て土に配す。震の東方に居るは、震は長男たり、能く幹任を主る、故に顕明の地に居る。東方は春なり。
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五行大義・第十七論八卦八風日の西に在るを以て、故に天兌と曰う。貌(ぼう)順いて木得れば、則ち天兌和と為る。貌失いて木逆らえば、則ち天兌害と為りて、常雨を罰と為す。兌は秋分・霜降を主る。霜降に天震の動気を得れば、則ち天下に霜ふりて、万物死す。震は東方の卦なり。是の時、日は房に在り。房は東方の宿なり。日の東に在るを以て、故に天震と曰う。言順いて金得れば、則ち天震和と為る。言失いて金逆らえば、則ち天震害と為りて、旱(ひでり)を罰とす」と。貌に雨、言に旱とする所以は、震は陽、兌は陰にして、陽は旱、陰は雨なればなり。木の雨ある所以、金の旱ある所以は、その人事の貌失えば、則ち下怨み、陰盛んなる故に雨ふる。言失えば則ち衆を失い、孤陽独り立ちて、群陰附かず、故に旱す。春秋の二時は、震・兌相臨み、天地の気和す、寒熱を極めざる所以なり。坎は冬至・大寒を主る。大寒に天坎の気を得れば、則ち天下大いに寒し。是の時、日は虚に在り。虚は北方の宿なり、故に天坎と曰う。聴順いて水得れば、則ち天坎和と為る。聴失いて水逆らえば、則ち天坎罰と為る、故に常に寒し。離は夏至・大熱を主る。大熱発長して、復た天離の気を得れば、則ち天下大いに熱く、万事畢く出づ。是の時、日は七星に在り。七星は南方の七宿なり、故に天離と曰う。視順いて火得れば、則ち天離和と為る。視失いて火逆らえば、則ち天離罰と為る、故に常に燠(あたた)かし。冬夏の二時は、天地の気併さり、坎・離各々その方に当たる、寒熱を極むる所以なり。
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五行大義・第十七論八卦八風万物咸(みな)生出するを得て、明浄顕著なり。震は雷たり、雷動けば則ち万物出づ。春分の時、天気下降し、地気上騰し、天地和同して、万物萌動す。故に震は卯に居る。卯は木、少陽の位なり、故に以て木に配す。巽の東南に居るは、その卦は重陽上に在り、立夏の時、陽気已に盛んにして上に在り、陰気微弱にして下に在るに象る。木の物たる、地に入ること最も少なく、土を出づること最も多し。巽の卦の二陽上に在るは、木の地を出づることの多きに象り、一陰下に居るは、木の地に入ることの少なきに象る。木の体は是れ陽にして、亦た明顕なるべし、故に東南に在りて、以て木に配す。離の南方に居るは、夏至の時、陰黄泉の下に動く。午は是れ盛陽の位にして、陰気動く、故にその卦は外陽にして内陰なり。火の外明らかにして内暗く、陰気を懐くに象るなり。故に南方に在りて以て火に配す。坤の西南に居るは、坤の卦は純陰の象にして、能く万物を養うは、地に過ぐるは莫きなり。陰の体は卑順にして、敢えて首に当たらず。陰は午に動き、未に至りて始めて著る、故に坤は午の位に後る。地の体は積陰なり。坤は既に純陰にして、地に象る。礼に中央の土を以て未に在りとす。地は即ち土なり。故に西南に在りて、以て土に配するなり。兌の西方に在るは、兌の卦は一陰上に在り、秋分の時、陽気已に深きに象る。金は少陰たり、故に一陰上に居る。酉は是れ金の位、故に西方に在りて以て金に配す。乾の西北に居るは、乾の卦は純陽の象にして、万物を生ずる者は、天に過ぐるは莫し。乾は生物の首たり。陽気は子に起こり、乾は是れ陽気の本なり、故に子の位に先んず。純陽の堅剛なるを以て、故に西北に在りて以て金に配す。『易伝』に曰く、「震は春分・穀雨を主る。穀雨に天兌を得れば、則ち万物畢(ことごと)く生ず。兌は西方の卦なり。是の時、日は昴に在り。昴は西方の宿なり。
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五行大義・第十八論情性木も亦た動き、地に触れて出づ。箕星は東方の宿にして、風を主る。又、巽は木たり、風たるなり。雨の金と作るは、雨は水なり。水の性は銷釈し、金の性も亦た銷釈すべし。畢星は西方の宿なり、雨を主る。故に『詩』に云う、「月畢に離(かか)りて、滂沲(ぼうだ)たらしむ」と。故に雨は金と作るなり。晦の水と作るは、晦は闇なり。晦闇なれば則ち水生ず。闇は黒にして、水の色たるなり。明の火と作るは、明は物を照らす、故に火と為るなり。皆その類に従いて以てす。鄭玄の『礼記』に注して云う、「木は雨たり、金は陽たり、火は燠(いく)たり、土は風たり、水は寒たり」と。震は春分を主る。春分・穀雨に天兌を得れば、則ち万物畢(ことごと)く生ず。兌は西方の卦にして、是の時、日は昴に在り。昴は西方の宿なり。日の西方に在るを以て、故に天兌と謂う。貌順いて木得れば、則ち天兌和と為る。故に木は雨たり。『詩』に云う、「習習たる谷風、以て陰(くも)り以て雨ふる」と。金の陽たるは、秋の時、日は東方の房星の宿を行き、天震の気を得。言順いて金得れば、則ち天震和と為る。震は陽たるなり。秋の時は物成り、物を𤍜(かわ)かす所以、是れその和なり。金の気に逆らえば、則ち旱の罰と為る、故に金は陽たるなり。土の風たるは、伝に云う、「思心に失有れば、厥(そ)の罰は常風なり」と。言うこころは、風は土の気なり。『荘子』に曰く、「大塊(たいかい)気を噫(は)く、その名を風と曰う」と。土は君たり、君は教令を立つ、故に風たり。土は四季に立つ、故に令失すれば則ち風災いを為すなり。鄭は木を以て雨と為し、服は木を以て風と為す。服は金を以て雨と為し、鄭は金を以て陽と為す。鄭は土を以て風と為し、服は土を以て陰と為す。両説相反し、各々その意有り。今五行に就きて弁ずれば、服これに近し。
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