五行大義 / 第十四論雑配・第三論配気味
子產云。氣爲五味。鄭玄云。通口者爲五味。通鼻者爲五臭。禮記月令云。春之日。其味酸。其臭羶。木之臭味也。說文云。羶者。羊臭。春物氣與羊相類。木所以酸者。象東方萬物之生。酸者。鑽也。言萬物鑽地而出生。五味得酸乃達也。元命苞云。酸之言端也。氣始生。專心自端也。禮記云。夏之日。其味苦。其臭焦。火所以苦者。南方主長養也。苦者。所以長養之。五味須苦。乃以養之。元命苞云。苦者。勤苦乃能養也。方言。苦。快也。臭焦者。陽氣蒸動。燎火之氣也。許慎云。焦者。火燒物。有焦燃之氣。夏氣同也。禮記云。季夏之日。其味甘。其臭香。土味所以甘者。中央中和也。甘美也。元命苞云。甘者。食常言安其味也。甘味爲五味之主。猶土之和成於四行也。臭香者。土之氣香爲主也。許慎云。土得其中和之氣。故香也。禮記云。秋之日。其臭腥。其味辛。西方殺氣腥也。許慎云。未熟之氣腥也。西方金之氣象此。味辛者。物得辛乃萎殺也。
新字:子産云。気為五味。鄭玄云。通口者為五味。通鼻者為五臭。礼記月令云。春之日。其味酸。其臭羶。木之臭味也。説文云。羶者。羊臭。春物気与羊相類。木所以酸者。象東方万物之生。酸者。鑽也。言万物鑽地而出生。五味得酸乃達也。元命苞云。酸之言端也。気始生。専心自端也。礼記云。夏之日。其味苦。其臭焦。火所以苦者。南方主長養也。苦者。所以長養之。五味須苦。乃以養之。元命苞云。苦者。勤苦乃能養也。方言。苦。快也。臭焦者。陽気蒸動。燎火之気也。許慎云。焦者。火焼物。有焦燃之気。夏気同也。礼記云。季夏之日。其味甘。其臭香。土味所以甘者。中央中和也。甘美也。元命苞云。甘者。食常言安其味也。甘味為五味之主。猶土之和成於四行也。臭香者。土之気香為主也。許慎云。土得其中和之気。故香也。礼記云。秋之日。其臭腥。其味辛。西方殺気腥也。許慎云。未熟之気腥也。西方金之気象此。味辛者。物得辛乃萎殺也。
書き下し
子産云う、気は五味と為る、と。鄭玄云う、口に通ずる者を五味と為し、鼻に通ずる者を五臭と為す、と。礼記月令に云う、春の日、其の味は酸、其の臭は羶(せん)、と。木の臭味なり。説文に云う、羶とは羊の臭なり、と。春の物の気は羊と相類す。木の酸なる所以は、東方の万物の生ずるに象る。酸とは鑽(さん)なり。万物地を鑽りて出生するを言う。五味は酸を得て乃ち達するなり。元命苞(げんめいほう)に云う、酸の言は端なり。気始めて生じ、心を専らにして自ら端しくするなり、と。礼記に云う、夏の日、其の味は苦、其の臭は焦、と。火の苦なる所以は、南方は長養を主ればなり。苦とは、之を長養する所以なり。五味は苦を須(ま)ちて、乃ち以て之を養う。元命苞に云う、苦とは、勤苦して乃ち能く養うなり、と。方言に、苦は快なり、と。臭の焦なるは、陽気蒸動して、燎火の気なり。許慎云う、焦とは、火の物を焼きて、焦燃の気有るなり、と。夏の気も同じきなり。礼記に云う、季夏の日、其の味は甘、其の臭は香、と。土の味の甘なる所以は、中央は中和なればなり。甘は美なり。元命苞に云う、甘とは、食うに常に其の味に安んずるを言うなり、と。甘味の五味の主為るは、猶お土の四行を和成するがごとし。臭の香なるは、土の気は香を主と為すなり。許慎云う、土は其の中和の気を得、故に香しきなり、と。礼記に云う、秋の日、其の臭は腥(せい)、其の味は辛、と。西方は殺気にして腥きなり。許慎云う、未だ熟せざるの気は腥し、と。西方金の気は此に象る。味の辛なるは、物辛を得て乃ち萎殺するなり。
現代語訳
子産は「(五行の)気は五つの味となる」と言っている。鄭玄(後漢の大儒)は「口に通じるものを五味とし、鼻に通じるものを五臭(五つのにおい)とする」と言う。『礼記』月令には「春の日には、その味は酸っぱく、そのにおいは羶(なまぐさい獣のにおい)である」とある。これが木のにおいと味である。『説文』(後漢の許慎の字書『説文解字』)には「羶とは羊のにおいである」とある。春の物の気は羊と似ているのである。木が酸っぱいのは、東方で万物が生まれることにかたどる。酸とは鑽(きりで穴をあける)ことで、万物が地をうがって生まれ出ることをいう。五つの味は酸っぱさを得てはじめて伸び通るのである。『元命苞』(『春秋元命苞』。漢代の緯書)には「酸という言葉は端(ただしい)ということである。気が初めて生まれ、心を一つにしておのずから正しくするのである」とある。『礼記』に「夏の日には、その味は苦く、そのにおいは焦げくさい」とある。火が苦いのは、南方が生長させ養うことをつかさどるからである。苦さとは、物を生長させ養うためのものである。五つの味は苦さを待って、はじめて物を養う。『元命苞』には「苦とは、苦労して勤めてこそ養うことができるということである」とある。『方言』(前漢の揚雄の方言辞典)には「苦とは快いことである」とある。においが焦げくさいのは、陽の気が蒸し動いて、燃える火の気となるからである。許慎は「焦とは、火が物を焼いて焦げ燃えるにおいのことである」と言う。夏の気もこれと同じである。『礼記』に「夏の終わりの日には、その味は甘く、そのにおいは香ばしい」とある。土の味が甘いのは、中央が中ほどで調和しているからである。甘いとはうまいということである。『元命苞』には「甘とは、食べていつもその味に安んじることをいう」とある。甘い味が五つの味の主であるのは、ちょうど土がほかの四つの行を和らげて成り立たせるのと同じである。においが香ばしいのは、土の気は香りを主とするからである。許慎は「土はその中ほどの調和した気を得ているので、香ばしいのである」と言う。『礼記』に「秋の日には、そのにおいは腥(なまぐさい)、その味は辛い」とある。西方は殺す気であって、なまぐさいのである。許慎は「まだ熟していない気はなまぐさい」と言う。西方の金の気はこれにかたどる。味が辛いのは、物は辛さを得てしおれ枯れるからである。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味亦云う、故新の辛なり、と。故物皆尽き、新物已に成る、故に新と云う。元命苞に云う、陰害す、故に辛し。殺の義、故に辛刺(しんし)す。陰気其れをして然らしむるなり、と。礼記に云う、冬の日、其の味は醎(かん)、其の臭は朽(きゅう)、と。朽とは、水の気なり。有るが若く無きが若く、気の微なるを言うなり。亦云う、水とは垢濁を受く、故に其の臭腐朽なり、と。許慎云う、朽爛の気なり、と。北方の気は此に同じ。其の味の醎なるは、北方の物醎く、之を堅くする所以なり。猶お五味醎を得て乃ち堅きがごとし。許慎云う、醎とは銜(かん)なり、と。元命苞に云う、醎とは鎌なり。鎌は清なり。至寒の気なり、故に其れをして清にして醎からしむ、と。鄭玄云う、五味は、醯(けい)は酸、酒は苦、蜜は甘、薑(きょう)は辛、塩は醎、と。黄帝甲乙経に言う、穀は則ち米は甘、麻は酸、大豆は醎、麦は苦、黍(しょ)は辛。一に云う、稲米は辛、と。菓は則ち棗は甘、李は酸、栗は醎、杏は苦、桃は辛。菜は則ち葵は甘、韮は酸、藿(かく)は醎、薤(かい)は苦、葱は辛。畜は則ち牛は甘、犬は酸、彘(てい)は醎、羊は苦、雞は辛、と。本草に云う、石は則ち玉は甘、金は辛、雄黄は苦、会青は酸、赤石脂は醎。草は則ち茯苓(ぶくりょう)は甘、桂心は辛、天門冬は苦、五味子は酸、玄参は醎。虫は則ち蜚零(ひれい)は甘、蚿𧋕は辛、蛇蚺(じゃぜん)は苦、伊威(いい)は酸、蜥蜴は醎、と。薬食の物は例多し。且く大略を挙げて五味に配すること、此の如し。皆是れ五行の気の生ずる所なり。気に偏り有り、故に其の味則ち別なり。総べて之を言えば、五穀は則ち芒以て木に配し、散以て火に配し、房以て金に配し、莢以て水に配し、萃以て土に配す。芒は大小麦の属、散は糜黍(びしょ)の属、房は胡麻の属、莢は大小豆の属、萃は稷粟(しょくぞく)の属なり。芒とは、其の鋒芒の繊長なるを取り、木の生じて地を出ずること、鋒芒の如きに象るなり。
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味天官に云う、凡そ和は、春は酸を多くし、夏は苦を多くし、秋は辛を多くし、冬は醎を多くし、調うるに滑甘を以てす、と。解に両家有り。一に云う、宜しく時気に従うべし。春の食は須く酸を多くすべく、夏の食は須く苦を多くすべし、と。一に云う、多とは過なり。春の食は酸に過ぐ、宜しく其の醎味を減ずべし。夏の食は苦に過ぐ、宜しく其の酸味を減ずべし、と。是を以て後の句に云う、調うるに滑甘を以てす、と。今前の解に依る。四時の味は、各々時気の当たる所に随う。故に時を逐いて醎苦酸辛、体を養うの宜しきなり。土は既に中に居り、総べて四財を戴く。是を以て四時の味兼ね、須く甘味以て之を調うべし。又云う、膳食の宜しき所を会(あわ)す。牛は稌(と)に宜し、稌は稲なり。羊は黍に宜し、豕は稷に宜し、犬は梁に宜し、鳥は麦に宜し、魚は菰(こ)に宜し。菰は彫胡(ちょうこ)なり。凡そ君子の食は、恒に焉(これ)に放(なら)う、と。凡そ薬は、酸は骨を養い、苦は気を養い、甘は肉を養い、辛は筋を養い、醎は脈を養う、と。此れ並びに相扶の義なり。河図に云う、人の食、醎を極むること無かれ。腎気をして盛んならしめ、心気衰え、人をして狂を発し、喜(しばしば)衂(じく)し、吐血し、心神定まらざらしむ。辛を極むること無かれ。肺気をして盛んならしめ、肝気衰え、人をして懦怯(だきょう)悲愁し、目盲い、髪白からしむ。甘を極むること無かれ。脾気をして盛んならしめ、腎気衰え、人をして癡淫(ちいん)泄精し、腰背痛み、膿血を利せしむ。苦を極むること無かれ。心気をして盛んならしめ、肺気衰え、人をして果敢にして死を軽んじ、欬逆(がいぎゃく)し、胸満たしむ。酸を極むること無かれ。肝気をして盛んならしめ、脾気衰え、人をして穀消化せず、喑聾(いんろう)癥固(ちょうこ)ならしむ、と。此れ五蔵の相制剋するの義なり。黄帝養生経に云う、
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味散は舒なり、火気の温煖にして、物の舒散するに象るなり。房は方なり、金の裁割して、体の方正なるに象るなり。莢は狭なり、水の流れ長くして狭きに象るなり。萃は聚なり、万物皆土に聚まりて、乃ち用を為すに象るなり。五菓は則ち子以て木に配し、核以て火に配し、皮以て金に配し、殻以て水に配し、房以て土に配す。子は棃㮈(りだい)の属、核は桃李の属、皮は柑橘の属、殻は胡桃・栗の属、房は蒲陶(ぶどう)の属なり。子は其の含潤するを取る、木の生じて光潤し、子実茂盛するが如し。核は其の肉の内に在りて食うに堪えざるを取る、火の陰の内に在りて、堪容する所無きが如し。皮は其の厚急なるを取る、金気の衰老し、物の西方に至りて急縮するが如きなり。殻は其の肉の内に在りて食うに堪うるを取る、水の陽の内に在りて、堪能く容納するが如きなり。房は其の結聚するを取る、土の如く、物皆聚まるなり。此れ則ち総べて穀菓を論ず。以て五味に配するは、則ち略(ほぼ)前の釈の如し。月令に云う、春は麦と羊とを食う、と。麦は孚甲(ふこう)有り、故に木に属す。羊は火の畜なり。春気猶お寒し、此を以て性を安んず。夏は菽(しゅく)と雞とを食う。菽は孚甲有りて堅く、水に合す。雞は木の畜に属す、故に熱時の食う所と為す。中央は稷と牛とを食う。稷は是れ穀の長、牛は是れ土の畜、其の甘和なるを以て、故に時に象る。秋は麻と犬とを食う。麻は金に属し、犬も亦金の畜、故に秋に従う。冬は黍と豕とを食う。黍は舒散にして火に属し、豕は水の畜なり。其の水火を兼ねて、以て冬の食と為す。此の五食、義に同じからざる有り。春は猶お寒く、温を食う。夏は方に熱く、寒を食う。此の意は解すべし。甘味は和す、故に時に随いて適用す。此も亦解すべし。秋冬の両食、此れ応に熱を宜しとすべきに、熱ならざる所以は、其の故何ぞや。
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味又云う、人の黄色なるは甘に宜しく、青色なるは酸に宜しく、黒色なるは醎に宜しく、赤色なるは苦に宜しく、白色なるは辛に宜し。此れ皆本体の宜しき所に依る。『家語』に曰く、水を食する者は、善く游ぎて能く寒に耐う。土を食する者は、心無くして息(いき)せず。木を食する者は、力多くして治まらず。草を食する者は、善く走りて愚かなり。桑を食する者は、緒(いと)有りて蛾と為る。肉を食する者は、勇敢なり。気を食する者は、神明にして寿(いのちなが)し。穀を食する者は、恵巧なり。食せざる者は、死せずして神なり、と。此れ皆気味の類なり、故に附してこれを述ぶ。五味の解する所、例多くして挙げず。語経の明らかにする所の解すべき者は此の如し。
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味酸は肝に入り、辛は肺に入り、苦は心に入り、甘は脾に入り、醎(かん)は腎に入る。病、筋に在れば、酸を食すること無かれ。病、気に在れば、辛を食すること無かれ。病、骨に在れば、醎を食すること無かれ。病、血に在れば、苦を食すること無かれ。病、肉に在れば、甘を食すること無かれ。口嗜(この)みてこれを飲食するも、多くすべからざるなり。必ず自ら賊(そこな)うなり。故に五賊と名づく。又云う、肝病は辛を禁じ、心病は醎を禁じ、脾病は酸を禁じ、肺病は苦を禁じ、腎病は甘を禁ず。此れ皆悪む所の味なり、故に禁ず。又云う、肺病は宜しく糯米(だまい)の飯・牛肉・棗(なつめ)・葵(あおい)を食すべし。心病は宜しく麦・羊肉・杏(あんず)・薤(らっきょう)を食すべし。腎病は宜しく大豆・黄黍(こうしょ)・彘肉(ていにく)・藿(かく)を食すべし。肝病は宜しく麻・犬肉・李(すもも)・韭(にら)を食すべし。脾病は宜しく鶏肉・桃・黍・葱を食すべし。此の五つの宜しく食すべき者は、肝・心・腎の三蔵は実なり、故に各々その本味を以てこれを補う。脾・肺は虚なり、故にその子母相養う者を以てするなり。『春秋潜潭巴(せんたんは)』に云う、五味の五蔵を生ずる者は、醎は肝を生じ、酸は心を生じ、苦は脾を生じ、甘は肺を生じ、辛は腎を生ず、と。『養生経』に云う、肝の色は青、宜しく醎・稲米・牛肉・棗を食すべし。心の色は赤、宜しく酢・犬肉・李を食すべし。肺の色は白、宜しく甘・麦・羊肉・杏を食すべし。脾の色は黄、宜しく苦・大豆・豕肉(しにく)・粟(あわ)を食すべし。腎の色は黒、宜しく辛・黍・鶏肉を食すべし。此の五食は、皆生ずる所を以て能くその子を養うなり。又云う、五味の口に入るや、各々走る所有り、各々病む所有り。酸は筋に走り、多くこれを食すれば人をして癃(りゅう)せしむ。醎は血に走り、多くこれを食すれば人をして渇せしむ。辛は気に走り、多くこれを食すれば人をして洞心(どうしん)せしむ。苦は骨に走り、多くこれを食すれば人をして攣(れん)せしむ。甘は皮に走り、多くこれを食すれば人をして悪心せしむ。辛は散じ、酸は収め、甘は緩め、苦は堅め、醎は濡(うるお)す。五穀を養と為し、五菓を助と為し、五畜を益と為す。気味合わせてこれを服し、四時に随う、五蔵の宜しき所なり。
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味若し蔡邕(さいよう)の解に依らば、直だ食味相宜しと云う、則ち復た疑い無し。若し鄭の解に依らば、則ち誠に未だ尽くさず。今鄭の言を広めん。少陽・太陽は、其の気舒散し、少陰・太陰は、其の気斂閉(れんぺい)す。故に河上公(かじょうこう)老子を解して言う、躁気上に在れば、陽気下に伏す、所以に故に寒し。静気上に在れば、陰気下に伏す、所以に故に熱し、と。人体の陰陽も、義亦是の如し。春夏は舒散して、陽気開発す、宜しく温食を以て、用て陰気を和すべし。秋冬は閉斂して、陽気内に在り、宜しく寒食を用いて、以て陽気を調うべし。冬に水火を兼ぬるは、又秋に異なる。正に蔵閉の時、事秋より甚だしきを以て、故に均しくするに水火を以てす。今又甲乙を取りて、以て鄭の義に並ぶるに、微(すこ)しく乖張有り。甲乙は羊麦を以て倶に苦とす、皆是れ火の味なり。鄭玄は羊は火の畜と云う、同じ。麦を以て木に属すは、此れ是れ其の孚甲の形を取る。温を用うるは還りて同じ。甲乙は菽を以て醎、雞を辛とす。鄭玄は菽は水に合すと云う、同じ。雞は木に属すとす、異なり。此れ其の将に旦(あした)ならんとして鳴き、寅木に近きが故なるを取る。又、羽翼を振るい、陽性有るなり。則ち是れ酉鳥にして金に属するを実と為す。甲乙は麻犬を以て倶に酸とす。鄭は麻犬を以て倶に金とす。酸は是れ木の味、用て金気を調う。少陽の気味を以て、少陰の気を調うるは、理則ち通ずべし。金還りて金を調うるは、恐らくは和適に乖(そむ)かん。甲乙は黍を辛、彘を醎とす。鄭玄は彘は水に合すと云う、同じ。黍は火に属すとす、異なり。此れ黍の色赤く性熱きを言う、故に以て火と為す。若し鄭の意に依らば、以て前の解の如し。若し甲乙・明堂月令の意を以てせば、夏食の冷に合するは、炎暑鬱毒の気を調えしめんと欲するなり。冬食の亦寒なるは、蔵中の伏熱を去るなり。春寒くして温を用うるは、二意殊ならず。秋は少陽を以て少陰を和す、殺気有りと為す、故に生味を以て相補う。鄭は全く乖越す。周礼の
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