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五行大義 / 第十四論雑配・第三論配気味

散。舒也。象火氣溫煖。物舒散也。房。方也。象金裁割。體方正也。莢。狹也。象水流長而狹也。萃。聚也。象萬物皆聚於土。乃爲用也。五菓則子以配木。核以配火。皮以配金。殼以配水。房以配土。子。棃㮈之屬。核。桃李之屬。皮。柑橘之屬。殼。胡桃栗之屬。房。蒲陶之屬。子取其含潤。如木生光潤。子實茂盛。核取其在肉內不堪食。如火陰在內。無所堪容。皮取其厚急。如金氣衰老。物至西方而急縮也。殼取其肉在內堪食。如水陽在內。堪能容納也。房取其結聚如土。物皆聚也。此則總論穀菓。以配五味。則略如前釋。月令云。春食麥與羊。麥有孚甲。故屬木。羊火畜。春氣猶寒。以此安性。夏食菽與雞。菽有孚甲而堅。合於水。雞屬木畜。故爲熱時所食。中央食稷與牛。稷是穀之長。牛是土畜。以其甘和。故象於時。秋食麻與犬。麻屬金。犬亦金畜。故從秋也。冬食黍與豕。黍舒散屬火。豕水畜。兼其水火。以爲冬食。此之五食。義有不同。春猶寒。食溫。夏方熱。食寒。此意可解者。甘味和。故隨時適用。此亦可解。秋冬兩食。此應宜熱。所以不熱。其故何也。

新字:散。舒也。象火気温煖。物舒散也。房。方也。象金裁割。体方正也。莢。狭也。象水流長而狭也。萃。聚也。象万物皆聚於土。乃為用也。五菓則子以配木。核以配火。皮以配金。殼以配水。房以配土。子。棃㮈之属。核。桃李之属。皮。柑橘之属。殼。胡桃栗之属。房。蒲陶之属。子取其含潤。如木生光潤。子実茂盛。核取其在肉内不堪食。如火陰在内。無所堪容。皮取其厚急。如金気衰老。物至西方而急縮也。殼取其肉在内堪食。如水陽在内。堪能容納也。房取其結聚如土。物皆聚也。此則総論穀菓。以配五味。則略如前釈。月令云。春食麦与羊。麦有孚甲。故属木。羊火畜。春気猶寒。以此安性。夏食菽与鶏。菽有孚甲而堅。合於水。鶏属木畜。故為熱時所食。中央食稷与牛。稷是穀之長。牛是土畜。以其甘和。故象於時。秋食麻与犬。麻属金。犬亦金畜。故従秋也。冬食黍与豕。黍舒散属火。豕水畜。兼其水火。以為冬食。此之五食。義有不同。春猶寒。食温。夏方熱。食寒。此意可解者。甘味和。故随時適用。此亦可解。秋冬両食。此応宜熱。所以不熱。其故何也。

書き下し

散は舒なり、火気の温煖にして、物の舒散するに象るなり。房は方なり、金の裁割して、体の方正なるに象るなり。莢は狭なり、水の流れ長くして狭きに象るなり。萃は聚なり、万物皆土に聚まりて、乃ち用を為すに象るなり。五菓は則ち子以て木に配し、核以て火に配し、皮以て金に配し、殻以て水に配し、房以て土に配す。子は棃㮈(りだい)の属、核は桃李の属、皮は柑橘の属、殻は胡桃・栗の属、房は蒲陶(ぶどう)の属なり。子は其の含潤するを取る、木の生じて光潤し、子実茂盛するが如し。核は其の肉の内に在りて食うに堪えざるを取る、火の陰の内に在りて、堪容する所無きが如し。皮は其の厚急なるを取る、金気の衰老し、物の西方に至りて急縮するが如きなり。殻は其の肉の内に在りて食うに堪うるを取る、水の陽の内に在りて、堪能く容納するが如きなり。房は其の結聚するを取る、土の如く、物皆聚まるなり。此れ則ち総べて穀菓を論ず。以て五味に配するは、則ち略(ほぼ)前の釈の如し。月令に云う、春は麦と羊とを食う、と。麦は孚甲(ふこう)有り、故に木に属す。羊は火の畜なり。春気猶お寒し、此を以て性を安んず。夏は菽(しゅく)と雞とを食う。菽は孚甲有りて堅く、水に合す。雞は木の畜に属す、故に熱時の食う所と為す。中央は稷と牛とを食う。稷は是れ穀の長、牛は是れ土の畜、其の甘和なるを以て、故に時に象る。秋は麻と犬とを食う。麻は金に属し、犬も亦金の畜、故に秋に従う。冬は黍と豕とを食う。黍は舒散にして火に属し、豕は水の畜なり。其の水火を兼ねて、以て冬の食と為す。此の五食、義に同じからざる有り。春は猶お寒く、温を食う。夏は方に熱く、寒を食う。此の意は解すべし。甘味は和す、故に時に随いて適用す。此も亦解すべし。秋冬の両食、此れ応に熱を宜しとすべきに、熱ならざる所以は、其の故何ぞや。

現代語訳

散とは舒(のびやか)ということで、火の気が温かく、物がのびやかに散らばることにかたどっている。房とは方(四角)ということで、金が物を裁ち割り、本体が四角く正しいことにかたどっている。莢とは狭ということで、水の流れが長くて狭いことにかたどっている。萃とは聚(あつまる)ということで、万物がみな土に集まって、はじめて役に立つことにかたどっている。五つの果物では、子(たね)の多いものを木に、核(かたいたね)のあるものを火に、皮の厚いものを金に、殻のあるものを水に、房になるものを土に配する。子は梨や林檎の類、核は桃や李の類、皮は柑橘の類、殻は胡桃や栗の類、房は葡萄の類である。子は、みずみずしさを含んでいることを取ったもので、木が生えてつややかに潤い、実がたくさん茂るのと同じである。核は、果肉の内側にあって食べられないことを取ったもので、火は内側に陰があって、それを受け入れる所がないのと同じである。皮は、厚く引き締まっていることを取ったもので、金の気が衰え老い、物が西方に至って縮こまるのと同じである。殻は、中身が内側にあって食べられることを取ったもので、水は内側に陽があって、それをよく受け入れるのと同じである。房は、実がまとまって集まることを取ったもので、土のように物がみな集まるのである。以上が穀物と果物をまとめて論じたものである。五つの味への配当は、ほぼ前に説明したとおりである。『礼記』月令には「春は麦と羊を食べる」とある。麦には殻があるので木に属する。羊は火の家畜である。春の気はまだ寒いので、これで体の性を安らかにする。夏は豆と鶏を食べる。豆は殻があって堅いので、水に合う。鶏は木の家畜に属するので、暑い時期に食べるものとする。中央(夏の終わり)は稷と牛を食べる。稷は穀物の長であり、牛は土の家畜で、その甘く和やかなことが、この時期にかたどっている。秋は麻の実と犬を食べる。麻は金に属し、犬もまた金の家畜であるので、秋に従う。冬は黍と豚を食べる。黍はのびやかに散って火に属し、豚は水の家畜である。その水と火を兼ねて冬の食べ物とする。この五つの食べ物は、その意味づけが一様ではない。春はまだ寒いので温かい物を食べ、夏はちょうど暑いので冷たい物を食べる。この意図はわかる。甘い味は調和するので、時期に応じて適切に用いる。これもまたわかる。ところが秋と冬の二つの食べ物は、温かい物がよいはずなのに、温かい物でないのは、どういうわけであろうか。

解説

五穀の配当の続きから、五果の配当、さらに『礼記』月令の季節の食べ物へと進む。五果では、梨のように種が多いものは木、桃のように硬い核があるものは火、柑橘のように皮が厚いものは金、栗や胡桃のように殻の中に食べられる実があるものは水、葡萄のように房になるものは土とされる。食べられない核を内に抱えるのが火、食べられる実を内に抱えるのが水だという対比は、火は外が陽で内が陰、水は外が陰で内が陽という、易の離と坎の卦の形を思わせる。月令によれば、春は麦と羊、夏は豆と鶏、夏の終わりは稷と牛、秋は麻と犬、冬は黍と豚を食べる。本文はここで、春に温かい物、夏に冷たい物を食べるのは理解できるが、秋と冬に温める物をとらないのはなぜか、と問いを立てる。古典の記述をそのまま受け入れないのである。季節の食の知恵が、寒ければ温め暑ければ冷ますという単純な理屈だけでは説明できないことに気づくところから、考察が深まる。

この章句が説くこと

五行大義五果月令食養生季節

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