五行大義 / 第十四論雑配・第三論配気味
酸入肝。辛入肺。苦入心。甘入脾。醎入腎。病在筋。無食酸。病在氣。無食辛。病在骨。無食醎。病在血。無食苦。病在肉。無食甘。口嗜而飲食之。不可多也。必自賊也。故名五賊。又云。肝病禁辛。心病禁醎。脾病禁酸。肺病禁苦。腎病禁甘。此皆所惡之味。故禁。又云。肺病宜食糯米飯。牛肉。棗。葵。心病宜食麥。羊肉。杏。薤。腎病宜食大豆。黃黍。彘肉。藿。肝病宜食麻。犬肉。李。韭。脾病宜食雞肉。桃。黍。蔥。此五宜食者。肝心腎三藏實。故各以其本味補之。脾肺虛。故以其子母相養者也。春秋潛潭巴云。五味生五藏者。醎生肝。酸生心。苦生脾。甘生肺。辛生腎。養生經云。肝色青。宜食醎。稻米。牛肉。棗。心色赤。宜食酢。犬肉。李。肺色白。宜食甘。麥。羊肉。杏。脾色黃。宜食苦。大豆。豕肉。粟。腎色黑。宜食辛。黍。雞肉。此五食。皆以所生能養其子也。又云。五味之入口也。各有所走。各有所病。酸走筋。多食之令人癃。醎走血。多食之令人渴。辛走氣。多食之令人洞心。苦走骨。多食之令人攣。甘走皮。多食之令人惡心。辛散。酸收。甘緩。苦堅。醎濡。五穀爲養。五菓爲助。五畜爲益。氣味合而服之。隨四時。五藏所宜也。
新字:酸入肝。辛入肺。苦入心。甘入脾。醎入腎。病在筋。無食酸。病在気。無食辛。病在骨。無食醎。病在血。無食苦。病在肉。無食甘。口嗜而飲食之。不可多也。必自賊也。故名五賊。又云。肝病禁辛。心病禁醎。脾病禁酸。肺病禁苦。腎病禁甘。此皆所悪之味。故禁。又云。肺病宜食糯米飯。牛肉。棗。葵。心病宜食麦。羊肉。杏。薤。腎病宜食大豆。黄黍。彘肉。藿。肝病宜食麻。犬肉。李。韭。脾病宜食鶏肉。桃。黍。蔥。此五宜食者。肝心腎三蔵実。故各以其本味補之。脾肺虚。故以其子母相養者也。春秋潜潭巴云。五味生五蔵者。醎生肝。酸生心。苦生脾。甘生肺。辛生腎。養生経云。肝色青。宜食醎。稲米。牛肉。棗。心色赤。宜食酢。犬肉。李。肺色白。宜食甘。麦。羊肉。杏。脾色黄。宜食苦。大豆。豕肉。粟。腎色黒。宜食辛。黍。鶏肉。此五食。皆以所生能養其子也。又云。五味之入口也。各有所走。各有所病。酸走筋。多食之令人癃。醎走血。多食之令人渇。辛走気。多食之令人洞心。苦走骨。多食之令人攣。甘走皮。多食之令人悪心。辛散。酸収。甘緩。苦堅。醎濡。五穀為養。五菓為助。五畜為益。気味合而服之。随四時。五蔵所宜也。
書き下し
酸は肝に入り、辛は肺に入り、苦は心に入り、甘は脾に入り、醎(かん)は腎に入る。病、筋に在れば、酸を食すること無かれ。病、気に在れば、辛を食すること無かれ。病、骨に在れば、醎を食すること無かれ。病、血に在れば、苦を食すること無かれ。病、肉に在れば、甘を食すること無かれ。口嗜(この)みてこれを飲食するも、多くすべからざるなり。必ず自ら賊(そこな)うなり。故に五賊と名づく。又云う、肝病は辛を禁じ、心病は醎を禁じ、脾病は酸を禁じ、肺病は苦を禁じ、腎病は甘を禁ず。此れ皆悪む所の味なり、故に禁ず。又云う、肺病は宜しく糯米(だまい)の飯・牛肉・棗(なつめ)・葵(あおい)を食すべし。心病は宜しく麦・羊肉・杏(あんず)・薤(らっきょう)を食すべし。腎病は宜しく大豆・黄黍(こうしょ)・彘肉(ていにく)・藿(かく)を食すべし。肝病は宜しく麻・犬肉・李(すもも)・韭(にら)を食すべし。脾病は宜しく鶏肉・桃・黍・葱を食すべし。此の五つの宜しく食すべき者は、肝・心・腎の三蔵は実なり、故に各々その本味を以てこれを補う。脾・肺は虚なり、故にその子母相養う者を以てするなり。『春秋潜潭巴(せんたんは)』に云う、五味の五蔵を生ずる者は、醎は肝を生じ、酸は心を生じ、苦は脾を生じ、甘は肺を生じ、辛は腎を生ず、と。『養生経』に云う、肝の色は青、宜しく醎・稲米・牛肉・棗を食すべし。心の色は赤、宜しく酢・犬肉・李を食すべし。肺の色は白、宜しく甘・麦・羊肉・杏を食すべし。脾の色は黄、宜しく苦・大豆・豕肉(しにく)・粟(あわ)を食すべし。腎の色は黒、宜しく辛・黍・鶏肉を食すべし。此の五食は、皆生ずる所を以て能くその子を養うなり。又云う、五味の口に入るや、各々走る所有り、各々病む所有り。酸は筋に走り、多くこれを食すれば人をして癃(りゅう)せしむ。醎は血に走り、多くこれを食すれば人をして渇せしむ。辛は気に走り、多くこれを食すれば人をして洞心(どうしん)せしむ。苦は骨に走り、多くこれを食すれば人をして攣(れん)せしむ。甘は皮に走り、多くこれを食すれば人をして悪心せしむ。辛は散じ、酸は収め、甘は緩め、苦は堅め、醎は濡(うるお)す。五穀を養と為し、五菓を助と為し、五畜を益と為す。気味合わせてこれを服し、四時に随う、五蔵の宜しき所なり。
現代語訳
酸味は肝に入り、辛味は肺に入り、苦味は心に入り、甘味は脾に入り、鹹味(塩からい味)は腎に入る。病が筋にあるときは酸いものを食べてはならない。病が気にあるときは辛いものを食べてはならない。病が骨にあるときは塩からいものを食べてはならない。病が血にあるときは苦いものを食べてはならない。病が肉にあるときは甘いものを食べてはならない。口が好むからといってそれを飲み食いしても、多くとってはならない。多くとれば必ず自分の身を損なう。だからこれを「五賊」(五つの害)と名づける。またこうも言う。肝の病には辛味を禁じ、心の病には鹹味を禁じ、脾の病には酸味を禁じ、肺の病には苦味を禁じ、腎の病には甘味を禁ずる。これらはみなその臓が嫌う味であるから禁ずるのである。またこうも言う。肺の病にはもち米の飯・牛肉・なつめ・葵(あおい)を食べるのがよい。心の病には麦・羊肉・あんず・らっきょうを食べるのがよい。腎の病には大豆・黄色いきび・豚肉・豆の葉を食べるのがよい。肝の病には麻の実・犬の肉・すもも・にらを食べるのがよい。脾の病には鶏肉・桃・きび・ねぎを食べるのがよい。この五つの食べるのによいものについて言えば、肝・心・腎の三つの臓は実(充実している)であるから、それぞれ本来の味でこれを補う。脾と肺は虚(不足している)であるから、子と母として互いに養い合う関係にあるものを用いるのである。『春秋潜潭巴』(漢代の緯書の一つ)には、五味が五臓を生むことについて、鹹味は肝を生み、酸味は心を生み、苦味は脾を生み、甘味は肺を生み、辛味は腎を生む、とある。『養生経』には次のようにある。肝の色は青であり、鹹味・稲の米・牛肉・なつめを食べるのがよい。心の色は赤であり、酢・犬の肉・すももを食べるのがよい。肺の色は白であり、甘味・麦・羊肉・あんずを食べるのがよい。脾の色は黄であり、苦味・大豆・豚肉・あわを食べるのがよい。腎の色は黒であり、辛味・きび・鶏肉を食べるのがよい。この五つの食は、いずれも自分を生むものによってその子を養うという関係である。またこうも言う。五味が口に入ると、それぞれ走っていく先があり、それぞれ病ませるところがある。酸味は筋に走り、多く食べると小便が出にくくなる。鹹味は血に走り、多く食べると喉が渇く。辛味は気に走り、多く食べると胸がうつろになったように感じる。苦味は骨に走り、多く食べると手足がひきつる。甘味は皮に走り、多く食べると胸がむかつく。辛味は散らし、酸味は収め、甘味は緩め、苦味は堅め、鹹味は潤す。五穀を養いの本とし、五つの果物を助けとし、五つの家畜を益するものとする。気と味を合わせてこれを摂り、四季に従う。これが五臓にとってよいことなのである。
解説
この章句が説くこと
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味天官に云う、凡そ和は、春は酸を多くし、夏は苦を多くし、秋は辛を多くし、冬は醎を多くし、調うるに滑甘を以てす、と。解に両家有り。一に云う、宜しく時気に従うべし。春の食は須く酸を多くすべく、夏の食は須く苦を多くすべし、と。一に云う、多とは過なり。春の食は酸に過ぐ、宜しく其の醎味を減ずべし。夏の食は苦に過ぐ、宜しく其の酸味を減ずべし、と。是を以て後の句に云う、調うるに滑甘を以てす、と。今前の解に依る。四時の味は、各々時気の当たる所に随う。故に時を逐いて醎苦酸辛、体を養うの宜しきなり。土は既に中に居り、総べて四財を戴く。是を以て四時の味兼ね、須く甘味以て之を調うべし。又云う、膳食の宜しき所を会(あわ)す。牛は稌(と)に宜し、稌は稲なり。羊は黍に宜し、豕は稷に宜し、犬は梁に宜し、鳥は麦に宜し、魚は菰(こ)に宜し。菰は彫胡(ちょうこ)なり。凡そ君子の食は、恒に焉(これ)に放(なら)う、と。凡そ薬は、酸は骨を養い、苦は気を養い、甘は肉を養い、辛は筋を養い、醎は脈を養う、と。此れ並びに相扶の義なり。河図に云う、人の食、醎を極むること無かれ。腎気をして盛んならしめ、心気衰え、人をして狂を発し、喜(しばしば)衂(じく)し、吐血し、心神定まらざらしむ。辛を極むること無かれ。肺気をして盛んならしめ、肝気衰え、人をして懦怯(だきょう)悲愁し、目盲い、髪白からしむ。甘を極むること無かれ。脾気をして盛んならしめ、腎気衰え、人をして癡淫(ちいん)泄精し、腰背痛み、膿血を利せしむ。苦を極むること無かれ。心気をして盛んならしめ、肺気衰え、人をして果敢にして死を軽んじ、欬逆(がいぎゃく)し、胸満たしむ。酸を極むること無かれ。肝気をして盛んならしめ、脾気衰え、人をして穀消化せず、喑聾(いんろう)癥固(ちょうこ)ならしむ、と。此れ五蔵の相制剋するの義なり。黄帝養生経に云う、
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味亦云う、故新の辛なり、と。故物皆尽き、新物已に成る、故に新と云う。元命苞に云う、陰害す、故に辛し。殺の義、故に辛刺(しんし)す。陰気其れをして然らしむるなり、と。礼記に云う、冬の日、其の味は醎(かん)、其の臭は朽(きゅう)、と。朽とは、水の気なり。有るが若く無きが若く、気の微なるを言うなり。亦云う、水とは垢濁を受く、故に其の臭腐朽なり、と。許慎云う、朽爛の気なり、と。北方の気は此に同じ。其の味の醎なるは、北方の物醎く、之を堅くする所以なり。猶お五味醎を得て乃ち堅きがごとし。許慎云う、醎とは銜(かん)なり、と。元命苞に云う、醎とは鎌なり。鎌は清なり。至寒の気なり、故に其れをして清にして醎からしむ、と。鄭玄云う、五味は、醯(けい)は酸、酒は苦、蜜は甘、薑(きょう)は辛、塩は醎、と。黄帝甲乙経に言う、穀は則ち米は甘、麻は酸、大豆は醎、麦は苦、黍(しょ)は辛。一に云う、稲米は辛、と。菓は則ち棗は甘、李は酸、栗は醎、杏は苦、桃は辛。菜は則ち葵は甘、韮は酸、藿(かく)は醎、薤(かい)は苦、葱は辛。畜は則ち牛は甘、犬は酸、彘(てい)は醎、羊は苦、雞は辛、と。本草に云う、石は則ち玉は甘、金は辛、雄黄は苦、会青は酸、赤石脂は醎。草は則ち茯苓(ぶくりょう)は甘、桂心は辛、天門冬は苦、五味子は酸、玄参は醎。虫は則ち蜚零(ひれい)は甘、蚿𧋕は辛、蛇蚺(じゃぜん)は苦、伊威(いい)は酸、蜥蜴は醎、と。薬食の物は例多し。且く大略を挙げて五味に配すること、此の如し。皆是れ五行の気の生ずる所なり。気に偏り有り、故に其の味則ち別なり。総べて之を言えば、五穀は則ち芒以て木に配し、散以て火に配し、房以て金に配し、莢以て水に配し、萃以て土に配す。芒は大小麦の属、散は糜黍(びしょ)の属、房は胡麻の属、莢は大小豆の属、萃は稷粟(しょくぞく)の属なり。芒とは、其の鋒芒の繊長なるを取り、木の生じて地を出ずること、鋒芒の如きに象るなり。
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味子産云う、気は五味と為る、と。鄭玄云う、口に通ずる者を五味と為し、鼻に通ずる者を五臭と為す、と。礼記月令に云う、春の日、其の味は酸、其の臭は羶(せん)、と。木の臭味なり。説文に云う、羶とは羊の臭なり、と。春の物の気は羊と相類す。木の酸なる所以は、東方の万物の生ずるに象る。酸とは鑽(さん)なり。万物地を鑽りて出生するを言う。五味は酸を得て乃ち達するなり。元命苞(げんめいほう)に云う、酸の言は端なり。気始めて生じ、心を専らにして自ら端しくするなり、と。礼記に云う、夏の日、其の味は苦、其の臭は焦、と。火の苦なる所以は、南方は長養を主ればなり。苦とは、之を長養する所以なり。五味は苦を須(ま)ちて、乃ち以て之を養う。元命苞に云う、苦とは、勤苦して乃ち能く養うなり、と。方言に、苦は快なり、と。臭の焦なるは、陽気蒸動して、燎火の気なり。許慎云う、焦とは、火の物を焼きて、焦燃の気有るなり、と。夏の気も同じきなり。礼記に云う、季夏の日、其の味は甘、其の臭は香、と。土の味の甘なる所以は、中央は中和なればなり。甘は美なり。元命苞に云う、甘とは、食うに常に其の味に安んずるを言うなり、と。甘味の五味の主為るは、猶お土の四行を和成するがごとし。臭の香なるは、土の気は香を主と為すなり。許慎云う、土は其の中和の気を得、故に香しきなり、と。礼記に云う、秋の日、其の臭は腥(せい)、其の味は辛、と。西方は殺気にして腥きなり。許慎云う、未だ熟せざるの気は腥し、と。西方金の気は此に象る。味の辛なるは、物辛を得て乃ち萎殺するなり。
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味又云う、人の黄色なるは甘に宜しく、青色なるは酸に宜しく、黒色なるは醎に宜しく、赤色なるは苦に宜しく、白色なるは辛に宜し。此れ皆本体の宜しき所に依る。『家語』に曰く、水を食する者は、善く游ぎて能く寒に耐う。土を食する者は、心無くして息(いき)せず。木を食する者は、力多くして治まらず。草を食する者は、善く走りて愚かなり。桑を食する者は、緒(いと)有りて蛾と為る。肉を食する者は、勇敢なり。気を食する者は、神明にして寿(いのちなが)し。穀を食する者は、恵巧なり。食せざる者は、死せずして神なり、と。此れ皆気味の類なり、故に附してこれを述ぶ。五味の解する所、例多くして挙げず。語経の明らかにする所の解すべき者は此の如し。
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五行大義・第十四論雑配・第四論配蔵府此の義は行気と同じからざるなり。『八十一問』に云う、五蔵倶に等しきに、心・肺独り鬲の上に在るは何ぞや。対えて曰く、心は気を主り、肺は血を主る。血は脈中を行き、気は脈外を行き、相随いて上下す。故に営衛(えいえ)と曰う。故に心・肺をして鬲の上に在らしむるなり、と。『甲乙経』に云う、黄帝、岐伯(ぎはく)に問いて曰く、人に五蔵有り、蔵に五変有り。肝は牡蔵たり、その色は青、その時は春、その日は甲乙。心は牡蔵たり、その色は赤、その時は夏、その日は丙丁。脾は牝蔵たり、その色は黄、その時は季夏、その日は戊己。肺は牝蔵たり、その色は白、その時は秋、その日は庚辛。腎は牝蔵たり、その色は黒、その時は冬、その日は壬癸、と。『素問』に曰く、肝は魂の居る所、陰中の小陽なり、故に春気に通ず。心は生の本、神の処る所にして陽たり、陽中の大陽なり、故に夏気に通ず。脾は倉廪(そうりん)の本、名づけて興化と曰う、能く糟粕(そうはく)を化し、味を転じて出入す、至陰の類なり、故に土気に通ず。肺は気の本、魄の処る所、陽中の少陰なり、故に秋気に通ず。腎は蟄を主る、封蔵の本、精の処る所、陰中の太陰なり、故に冬気に通ず、と。又云う、春は肝を食すること無かれ、夏は心を食すること無かれ、季夏は脾を食すること無かれ、秋は肺を食すること無かれ、冬は腎を食すること無かれ、と。『周礼』の疾医は万人の疾病を養うことを掌る者なり。肝を以て木と為し、心を火と為し、脾を土と為し、肺を金と為し、腎を水と為せば、則ち疾多く瘳(い)ゆ。その術に反すれば、則ち死す。月令の中霤の礼は、陰陽の遂退を以て次と為す。『白虎通』及び『素問』は医治の書にして、行実を用いて験と為す。故にその配する所是なり。
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五行大義・第十四論雑配・第三論配気味若し蔡邕(さいよう)の解に依らば、直だ食味相宜しと云う、則ち復た疑い無し。若し鄭の解に依らば、則ち誠に未だ尽くさず。今鄭の言を広めん。少陽・太陽は、其の気舒散し、少陰・太陰は、其の気斂閉(れんぺい)す。故に河上公(かじょうこう)老子を解して言う、躁気上に在れば、陽気下に伏す、所以に故に寒し。静気上に在れば、陰気下に伏す、所以に故に熱し、と。人体の陰陽も、義亦是の如し。春夏は舒散して、陽気開発す、宜しく温食を以て、用て陰気を和すべし。秋冬は閉斂して、陽気内に在り、宜しく寒食を用いて、以て陽気を調うべし。冬に水火を兼ぬるは、又秋に異なる。正に蔵閉の時、事秋より甚だしきを以て、故に均しくするに水火を以てす。今又甲乙を取りて、以て鄭の義に並ぶるに、微(すこ)しく乖張有り。甲乙は羊麦を以て倶に苦とす、皆是れ火の味なり。鄭玄は羊は火の畜と云う、同じ。麦を以て木に属すは、此れ是れ其の孚甲の形を取る。温を用うるは還りて同じ。甲乙は菽を以て醎、雞を辛とす。鄭玄は菽は水に合すと云う、同じ。雞は木に属すとす、異なり。此れ其の将に旦(あした)ならんとして鳴き、寅木に近きが故なるを取る。又、羽翼を振るい、陽性有るなり。則ち是れ酉鳥にして金に属するを実と為す。甲乙は麻犬を以て倶に酸とす。鄭は麻犬を以て倶に金とす。酸は是れ木の味、用て金気を調う。少陽の気味を以て、少陰の気を調うるは、理則ち通ずべし。金還りて金を調うるは、恐らくは和適に乖(そむ)かん。甲乙は黍を辛、彘を醎とす。鄭玄は彘は水に合すと云う、同じ。黍は火に属すとす、異なり。此れ黍の色赤く性熱きを言う、故に以て火と為す。若し鄭の意に依らば、以て前の解の如し。若し甲乙・明堂月令の意を以てせば、夏食の冷に合するは、炎暑鬱毒の気を調えしめんと欲するなり。冬食の亦寒なるは、蔵中の伏熱を去るなり。春寒くして温を用うるは、二意殊ならず。秋は少陽を以て少陰を和す、殺気有りと為す、故に生味を以て相補う。鄭は全く乖越す。周礼の
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