言志四録 / 言志耋録 第三百九条 已甚しきを為さず
老人耑拘養生。或却害之。但勿爲已甚。即是養生。
新字:老人耑拘養生。或却害之。但勿為已甚。即是養生。
書き下し
老人耑ら養生に拘はれば、或は却つて之を害す。但だ已甚しきを為すこと勿れ。即ち是れ養生なり。
現代語訳
老人がひたすら養生にこだわると、かえって体を害することがある。ただ度を越したことをしなければよい。それがそのまま養生である。
解説
養生にこだわりすぎることの害を説いた一条です。「已甚しきを為さず」は『孟子』離婁下の「仲尼は已甚しきを為さざる者なり」を踏まえた言葉で、孔子が極端に走らなかったことを言います。一斎は、特別な養生法に凝るより、何事も度を越さないことこそが養生だと言うのです。健康に神経質になること自体が心を乱し、かえって体を損なうという観察は、今日の健康志向にもそのまま当てはまるでしょう。特別な施策を次々と打つより、極端を避けて平常を保つことが、組織を健やかに保つ近道になる場合もあることを考えさせます。
この章句が説くこと
養生中庸節度執着
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