言志四録 / 言志耋録 第二百八十九条 知りて知らず
人情莫不好安而惡危。宜守素分。莫不好壽而惡夭。宜愼食色。人皆知而不知。
新字:人情莫不好安而悪危。宜守素分。莫不好寿而悪夭。宜慎食色。人皆知而不知。
書き下し
人情は安を好みて危を悪まざる莫し。宜しく素分を守るべし。寿を好みて夭を悪まざる莫し。宜しく食色を慎むべし。人皆知りて知らず。
現代語訳
人の情として、安全を好み危険を嫌わない者はない。それならば、自分の本来の分を守るべきである。長生きを好み若死にを嫌わない者はない。それならば、飲食と色欲を慎むべきである。人は皆このことを知っていながら、実は知らないのである。
解説
安全を好み危険を嫌うなら分をわきまえよ、長寿を望み早死にを嫌うなら飲食と色欲を慎め。誰もが知っている理屈を二つ並べたうえで、一斎は「人皆知りて知らず」と結びます。頭では分かっていても、それが行いに表れていなければ、本当に知っているとは言えないということです。王陽明の知行合一、すなわち知って行わないのはまだ知らないのと同じだという考えがここに響いています。朱子学を正統とする立場にありながら陽明学にも深く学んだ一斎らしい一言でしょう。無理な働き方が体に悪いと知りながら続けてしまう、分不相応な拡大の危うさを知りながら踏み出してしまう。その「知っているつもり」を点検する言葉として読めます。
この章句が説くこと
知行合一素分食色養生慎み
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