言志四録 / 南洲手抄
不可誣者人情、不可欺者天理、人皆知之。蓋知而未知。
書き下し
誣ふ可らざる者は人情なり、欺く可らざる者は天理なり、人皆之を知る。蓋し知つて而して未だ知らず。
現代語訳
いつわることのできないものは人情であり、あざむくことのできないものは天理である。誰もがこのことを知っている。しかし、知ってはいても、本当には知っていないのだ。
解説
「知っている」ことと「本当に分かっている」ことの深い断層を突いた一条です。人の心はごまかせず、天の道理は欺けない——これは誰もが口では知っている常識です。しかし一斎は、それを「知って、いまだ知らず」と言います。頭で理解しているだけで、本当に腹の底から分かっていれば、人を偽ったり道理に背いたりできるはずがない、というのです。知識としての「知」と、行動を変える「真知」は別物である。分かっているのにできないのはなぜか——知行合一の核心を、静かに、しかし鋭く問う言葉です。
この章句が説くこと
真知知行合一人情と天理自省
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