言志四録 / 言志耋録 第二百四条 今人の好歹は妄議すべからず
古人之是非。品評之。可。今人之好歹妄議之。不可。取恨多在妄議。可警。
書き下し
古人の是非は、之を品評して、可なり。今人の好歹は、妄りに之を議するは、不可なり。恨みを取るは多く妄議に在り。警むべし。
現代語訳
昔の人の是非は、品評してもかまわない。しかし今の人の良し悪しを、みだりにあれこれ論じてはならない。人の恨みを買うのは、多くの場合このような軽率な論評による。戒めるべきである。
解説
前条に続き、言葉が恨みを招くことへの戒めです。歴史上の人物を論評するのは学問の一部であり、その是非を問うことは許される。しかし今生きている人の良し悪しを軽々しく論じれば、その言葉は必ずどこかで当人に伝わり、恨みを買います。一斎は儒官として幕府や諸藩の要人とも交わる立場にあり、言葉ひとつが人間関係を大きく左右することを身にしみて知っていたはずです。「妄議」の妄の字に、根拠も責任もない論評への警戒がこめられています。社内の人物評や他社への批評が、陰口のつもりでも思わぬ形で広まる今日、同僚や取引先について語るときの慎みを考えさせる条です。
この章句が説くこと
妄議言動の慎み恨み人物評
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