言志四録 / 言志耋録 第百八十五条 過ち有るを告ぐれば則ち喜ぶ
生徒作詩文。示朋友索正。只怕改擴之不多。至於人事。則不喜人規正。何其小大之不倫爾邪。子路告以有過則喜。信是百世之師。
書き下し
生徒詩文を作り、朋友に示して正を索むるに、只改拡の多からざるを怕る。人事に至りては、則ち人の規正を喜ばず。何ぞ其れ小大の不倫なるや。子路は告ぐるに過ち有るを以てすれば則ち喜ぶ。信に是れ百世の師なり。
現代語訳
学生たちは詩文を作ると、友人に見せて添削を求め、ただ手を入れてもらう箇所が少ないことを心配する。ところが、自分の行いや人との関わりについては、人から正されるのを喜ばない。小事と大事の扱いが、なんとちぐはぐなことか。子路(孔子の門人)は、人から過ちを告げられると喜んだという。まことに百世にわたる師である。
解説
昌平坂学問所で多くの書生を見てきた一斎らしい観察です。詩文の添削なら、直しが多いほどありがたいと感じるのに、自分の振る舞いを指摘されると途端に不機嫌になる。技芸という小事には謙虚でも、人としてのあり方という大事には頑なになる矛盾を、一斎は「小大の不倫」と突きます。対して挙げられるのが、『孟子』公孫丑上にある「子路は人之に告ぐるに過ち有るを以てすれば則ち喜ぶ」の故事です。勇猛で直情な子路が、忠告を喜んで受け入れたことを一斎は百世の師と称えます。仕事の成果物へのレビューは歓迎できても、自分の態度や人柄への指摘は受け止めにくいものです。その差に気づくことが第一歩になりそうです。
この章句が説くこと
規正過ちを改める謙虚フィードバック子路
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史記 魏公子列伝魏の公子無忌は、魏の昭王の少子にして魏の安釐王の異母弟なり。昭王薨じ、安釐王即位し、公子を封じて信陵君と為す。是の時、范睢魏を亡げて秦に相たり、魏斉を怨むの故を以て、秦の兵大梁を囲み、魏の華陽の下の軍を破り、芒卯を走らす。魏王及び公子これを患ふ。公子は人と為り仁にして士に下り、士は賢不肖と無く皆謙りて礼もてこれに交はり、敢へてその富貴を以て士に驕らず。士は此を以て方数千里争ひ往きてこれに帰し、食客三千人を致す。是の時に当たりて、諸侯は公子の賢にして客多きを以て、敢へて兵を加へて魏を謀らざること十余年。
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史記 魏公子列伝魏に隠士有り、侯嬴と曰ふ、年七十、家貧しく、大梁の夷門の監者為り。公子これを聞き、往きて請ひ、厚くこれに遺らんと欲す。受くるを肯んぜずして曰く、「臣、身を脩め行ひを絜くすること数十年、終に監門の困しみの故を以て公子の財を受けず」と。公子是に於いて乃ち酒を置きて大いに賓客を会す。坐定まり、公子車騎を従へ、左を虚しくして、自ら夷門の侯生を迎ふ。侯生、敝れたる衣冠を摂め、直ちに上りて公子の上坐に載り、譲らず、以て公子を観んと欲す。公子轡を執ること愈々恭し。侯生また公子に謂ひて曰く、「臣に客の市の屠中に在る有り、願はくは車騎を枉げてこれに過れ」と。公子車を引きて市に入る。侯生下りてその客朱亥に見え、俾倪して故らに久しく立ち、その客と語り、微かに公子を察す。公子の顔色愈々和らぐ。是の時に当たり、魏の将相・宗室・賓客堂に満ち、公子の酒を挙ぐるを待つ。市人皆公子の轡を執るを観る。従騎皆竊かに侯生を罵る。侯生、公子の色の終に変ぜざるを視て、乃ち客に謝して車に就く。家に至り、公子、侯生を引きて上坐に坐せしめ、遍く賓客に賛す、賓客皆驚く。酒酣にして、公子起ち、寿を侯生の前に為す。侯生因りて公子に謂ひて曰く、「今日、嬴の公子の為にするもまた足れり。嬴は乃ち夷門の抱関者なり、而るに公子親ら車騎を枉げ、自ら嬴を衆人広坐の中に迎ふ、宜しく過る所有るべからざるに、今公子故らにこれに過る。然れども嬴は公子の名を就さんと欲す、故に久しく公子の車騎を市中に立たしめ、客に過りて以て公子を観る、公子愈々恭し。市人皆嬴を以て小人と為し、而して公子を以て長者にして能く士に下ると為すなり」と。是に於いて酒を罷め、侯生遂に上客と為る。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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