文武訓 / 文訓上之末
一何事も、知らぬさましたるぞよき。みづからはわたくしに引かれて、よく知れりと思へど、いまだよく知らぬこと多ければ、わが心にゆるしがたし。よく知らで、知れりとするかほつきなるもにくし。子路の、知らざるを知れりとするは、いつはりて知れりとするにはあらず、わが心にはまことに知れりとおもへど、わが氣あらく、心くはしからずして、あやまりてすでに知れりと思へるなり。ひとへにおもへば、まだ知らぬことを、すでによく知れりと思ひあやまること多し。浦の濱木綿の百重なることを思ふべし。
新字:一何事も、知らぬさましたるぞよき。みづからはわたくしに引かれて、よく知れりと思へど、いまだよく知らぬこと多ければ、わが心にゆるしがたし。よく知らで、知れりとするかほつきなるもにくし。子路の、知らざるを知れりとするは、いつはりて知れりとするにはあらず、わが心にはまことに知れりとおもへど、わが気あらく、心くはしからずして、あやまりてすでに知れりと思へるなり。ひとへにおもへば、まだ知らぬことを、すでによく知れりと思ひあやまること多し。浦の浜木綿の百重なることを思ふべし。
書き下し
一何事も、知らぬさましたるぞよき。みづからはわたくしに引かれて、よく知れりと思へど、いまだよく知らぬこと多ければ、わが心にゆるしがたし。よく知らで、知れりとするかほつきなるもにくし。子路の、知らざるを知れりとするは、いつはりて知れりとするにはあらず、わが心にはまことに知れりとおもへど、わが気あらく、心くはしからずして、あやまりてすでに知れりと思へるなり。ひとへにおもへば、まだ知らぬことを、すでによく知れりと思ひあやまること多し。浦の浜木綿の百重なることを思ふべし。
現代語訳
何事も、知らないふりをしているのがよいのです。自分では私心に引かれて、よく知っていると思っても、まだよく知らないことが多いので、自分の心で許しがたいのです。よく知らないのに知っているという顔つきをするのも憎らしいものです。子路が知らないことを知っているとしたのは、偽って知っているとしたのではなく、自分の心ではまことに知っていると思ったのですが、気が荒く、心が細やかでなかったので、誤ってすでに知っていると思ったのです。よくよく考えれば、まだ知らないことを、すでによく知っていると思い誤ることが多いのです。浦の浜木綿が百重に重なっていることを思いなさい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』文訓上之末一義理の学、文字の学ある人、又文学なくとも、一材一芸に長ずる人にあはば、わが才学と芸能にほこらず、みづからは黙して言はず、只その人の知れることを尋ねて、其言語をつつしんで聞くべし。必ず益あるべし。わが智を先だてて才学にほこり、わが少し知れることをよく知りがほにかたれば、われに益なし。みづからは、才智をあらはさんと思へど、識者のいやしむ所なり。学芸ある人のいへることを聞きてこそ、益あるべけれ。人に言はせずして、我ひとりいはば益あるべからず。又芸ある人にかぎらず、其人の居る処の国土の名所旧跡土産などのこと、又其人の家業のことに附きても、尋ね問ひてよく聴かば、必ず益あるべし。凡人に問ふは智を求むる道なり。
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論語・八佾篇或るひと禘を問う。子曰く、『知らざるなり。その説を知る者の天下に於けるや、其れ諸を斯に示すが如きか。』と掌を指す。
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『慎思録』巻之五不賢者の稟性や、特に其の行の分数足らざるのみに非ず、其の知も亦分数を欠く。蓋し行の短き所は、其の知も亦足らず。是を以て或いは人の規誨を聞くと雖も信ぜず、亦自ら其の短き所を知ること能はず。此れ知と行と皆足らざるなり。甚だしいかな、気質を変化するの難きや。韓子曰く、学ぶ者各其の性の近き所を得、と。此の言最も是なり。学問力行すと雖も、只他の資質の好き処の上に就きて、些少の好きを添へ得るのみ。是れ知の足らざるが故のみ。此の故に学は公聴博覧、己を舎てて人に従ふを貴ぶ。須らく自ら是とせずして一箇の是当の処を求むべし。徒に己の見を執りて自ら用ふるを貴ばず。是れ知を開くの方なり。
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『大和俗訓』巻之二・為学下一およそ人の不孝不忠、もろもろの悪を行ひ、慾を恣にし、身をほろぼし家をほろぼすに至るは、何にかよれるや。知なければなり。又善を行ひて、家をおこし、身をたもち、ほまれを得るは、何の故ぞや。知あればなり。知あればよく善悪を知る。善のなすべき事を知りて行ひ、悪のなすまじき事を知りて行はず。此故に知は身の内の大なる宝なり。学者道に志さば、知を求むるを第一とすべし。知をひらく事は、学問の功にあらずんば成りがたし。
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『初学訓』巻之三一百行万善、皆知あるより行はれ、愚なるよりすたる。この故に、知は人身の大宝なり、貴ぶべし。人たる者は、高きもいやしきも、若きも老いたるも、只、知を求むべし。知を求むるの術はいかんぞや、学問するに如くはなし。学問にあらざれば、知求むべきやうなし。
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『大和俗訓』巻之二・為学下一程子の曰、人の不善をするは、唯知らずとす。言ふ意は、世人の悪をするは、悪のすまじき理を知らざればなり。よく知れらば、などか人の為わがため悪しきひが事をば行ふべき。たとへば赤子のはらばひて井に入らんとするは、赤子のとがにあらず。いまだ知あらずして、井に入れば死ぬる事を知らざればなり。世の人の悪をするも亦かくのごとし。あはれむべし。故に学問して知をひらき、道を知る事をつとむるは、人間の一大事なり。
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