言志四録 / 言志耋録 第百二十五条 躬行を以て率ゐる
以口舌諭者。人不肯從。以躬行率者。人效而從之。以道德化者。則人自然服從。不見痕迹。
新字:以口舌諭者。人不肯従。以躬行率者。人効而従之。以道徳化者。則人自然服従。不見痕迹。
書き下し
口舌を以て諭す者は、人肯へて従はず。躬行を以て率ゐる者は、人效ひて之に従ふ。道徳を以て化する者は、則ち人自然に服従して、痕迹を見ず。
現代語訳
口先の言葉で諭す者には、人は進んで従おうとしない。自ら実行して率いる者には、人はそれを見習って従う。道徳によって感化する者には、人は自然と心服して従い、しかもそこには導いた跡形すら見えない。
解説
人を導く三つの段階を示した一条です。言葉で諭すだけでは人は従わない。自ら行って率いれば人は見習ってついてくる。さらに道徳によって感化すれば、人は自然に心服し、導いた痕跡さえ残らない。最上の導き方は、導かれた側が導かれたと気づかないほどのものだということです。『老子』の、最上の君主は民にその存在を知られるだけだという言葉にも通じます。直前に感応を論じた条が続いていたことを思えば、これはその感応を人を率いる場面に応用したものと読めます。部下に指示や説明を重ねても動いてもらえないとき、自分がどの段階で人に関わっているのかを省みる手がかりになります。
この章句が説くこと
率先垂範感化統率道徳リーダーシップ
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