言志四録 / 言志耋録 第百二十三条 沿ひて溺れず
君子於世俗。宜沿而不溺。履而不陷。若夫特立獨行。高自標置。則不可謂之中行。
新字:君子於世俗。宜沿而不溺。履而不陥。若夫特立独行。高自標置。則不可謂之中行。
書き下し
君子は世俗に於て、宜しく沿ひて溺れず、履みて陥らざるべし。若し夫れ特立独行して、高く自ら標置せば、則ち之を中行と謂ふべからず。
現代語訳
君子は世間の習わしに対して、それに沿いながらも溺れず、その中を歩みながらも落ち込まないようにすべきである。もし一人だけ世に超然として独自の行いをし、自分を高いところに掲げて気取るならば、それは中行(偏らない中庸の行い)とは言えない。
解説
世俗との距離の取り方を説いた一条です。君子は世間のならわしに沿って生きるが、それに溺れることはなく、その中を歩きながら落とし穴にははまらない。一方で、世俗を嫌って一人超然と構え、自分を高く掲げるのもよくないと一斎は言います。「中行」は『論語』子路篇に見える語で、偏りのない中庸の行いを指します。世俗に呑まれるのも、世俗を見下すのも、どちらも中を外れているというわけです。幕府の儒官として体制の中で生きながら、陽明学への共感も抱いた一斎自身の姿勢とも重なります。組織の慣行に染まりきることも、それを冷笑して孤立することも避けたい人に、立ち位置を考える材料を与えてくれます。
この章句が説くこと
中行中庸処世世俗独立
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