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言志四録 / 言志耋録 第九十八条 敬は動静を一串す

靜坐中。勿忘接物工夫。即是敬。接物時。勿失靜坐意思。亦是敬。唯敬一串動靜。

新字:静坐中。勿忘接物工夫。即是敬。接物時。勿失静坐意思。亦是敬。唯敬一串動静。

書き下し

静坐中、接物の工夫を忘るること勿れ、即ち是れ敬なり。接物の時、静坐の意思を失ふこと勿れ、亦是れ敬なり。唯だ敬のみ動静を一串す。

現代語訳

静坐しているときに、人や物事に接する際の工夫を忘れないこと、これがすなわち敬である。人や物事に接しているときに、静坐のときの心持ちを失わないこと、これもまた敬である。ただ敬だけが、動と静とを一本に貫くのである。

解説

静坐は心を静めて本来の心を養う修養で、宋明の儒者が重んじた工夫です。一斎は、静坐のさなかにも実際に人や事に接するときの工夫を忘れず、逆に人や事に接しているときにも静坐の心持ちを失わないことを求め、その両方を敬と呼びます。「一串」は一本の串で貫くことです。静かなときの心と動くときの心が別々になれば、静坐はただの逃避に、応接はただの忙しさになってしまう。その両者をつなぎとめるのが敬だというわけです。朱子学と陽明学の間に立った一斎らしく、静と動を切り離さない立場がよく出ています。考える時間と動く時間をどうつなげているかを振り返る材料になります。

この章句が説くこと

敬静坐動静応接修養

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