言志四録 / 言志耋録 第九十四条 敬は弛むべからず
敬稍弛。則經營心起。經營心起。則名利心從之。敬不可弛也。
新字:敬稍弛。則経営心起。経営心起。則名利心従之。敬不可弛也。
書き下し
敬稍弛めば、則ち経営の心起る。経営の心起れば、則ち名利の心之に従ふ。敬は弛むべからざるなり。
現代語訳
敬が少しでもゆるむと、あれこれと算段をめぐらす心が起こる。算段の心が起これば、名誉や利益を求める心がそれに付き従って起こってくる。だから敬はゆるめてはならないのである。
解説
敬がわずかに緩んだところから心が崩れていく順序を、一斎は短く描いています。ここでいう「経営」は事業の経営ではなく、あれこれと計らい画策する心のはたらきのことです。心の締まりが緩むと、まず小賢しい計算が頭をもたげ、計算が始まると名誉や利得への欲がそれに付いてくる。欲は突然生じるのではなく、緩みから計算へ、計算から欲へと段階を踏んで入り込むという見方です。だからこそ入口である敬を緩めてはならない、と一斎は言います。損得を考えること自体は仕事に欠かせませんが、それが自分の中でどんな順序で始まっているのかに目を向けてみる。その材料になる一条です。
この章句が説くこと
敬名利欲自戒心術
関連する章句
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『呻吟語』内篇・談道・敬は人を擇ばず、事を擇ばず、時を擇ばず或ひと敬の道を問ふ。曰く、「外面整齊嚴肅、内面齊莊中正なるは、是れ靜時涵養底の敬なり。書を讀めば則ち心讀む所に在り、事を治むれば則ち心治むる所に在るは、是れ主一無適底の敬なり。門を出づれば大賓を見るがごとく、民を使ふには大祭を承くるがごとくなるは、是れ隨事小心底の敬なり」と。或ひと曰く、「若し笑談歌詠、宴息造次の時ならば、恐らくは是くのごとくんば則ち矜持して泰然ならざらん」と。曰く、「敬は端嚴を以て體と為し、虛活を以て用と為し、正を離れざるを以て主と為す。齋日に衣冠して寢ぬるは、祭る所の者を夢寐すればなり。齋せざるの寢は、則ち衣を解き冕を脫ぐ。未だ衣冕を釋きて敬を持する者有らず。然り而して心邪僻に流れず、事道義に詭らざれば、則ち其の敬為るを害せず。君若し專ら端嚴の上に去きて敬を求めば、則ち鋤を荷ひ畚を負ひ、轡を執り車を御し、鄙事賤役、古の聖賢も皆之を為せり。豈に能く日日手容恭しく足容重からんや。又孔子の肱を曲げ掌を指し、及び居るに容らざる、點の沂に浴するがごときも、何ぞ其の敬為るを害せんや。大端心と正と依り、事と道と合へば、端嚴に拘拘たらずと雖も、其の敬為るを害せず。苟くも心千里に游び、意百欲を逐ひて、此の身は卻つて兀然として端嚴に此に在らば、這れは敬なりや否や。譬へば謹んで避け深く藏れ、燭を秉り珮を鳴らし、緩やかに步み輕く聲するは、女教の『内則』原と是くのごとし。貞信を養ふ所以なり。若し饁婦汲妻及び顛沛奔走の際に當たらば、自ら是れ迴避し得ず。然り而して貞信の守は深藏謹避する者と同じ。是れ何ぞ其の女教為るを害せんや。是の故に敬は人を擇ばず、敬は事を擇ばず、敬は時を擇ばず、敬は地を擇ばず。只だ個の心と正と依り、事と道と合ふを要するのみ」と。
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『呻吟語』内篇・修身・苟を反して敬と為す敬なる者は、苟せざるの謂ひなり。故に苟を反して敬と為す。
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