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言志四録 / 言志耋録 第七十三条 真の聡明

能辨疑似爲聰明。事物之疑似猶可辨。得失之疑似難辨。得失之疑似猶可辨。心術之疑似尤難辨。唯能自提靈光以反照之。則外物亦無所逃其形。明明白白。自他一樣。是之謂眞聰明。

新字:能弁疑似為聰明。事物之疑似猶可弁。得失之疑似難弁。得失之疑似猶可弁。心術之疑似尤難弁。唯能自提霊光以反照之。則外物亦無所逃其形。明明白白。自他一様。是之謂真聰明。

書き下し

能く疑似を弁ずるを聡明と為す。事物の疑似は猶ほ弁ずべし。得失の疑似は弁じ難し。得失の疑似は猶ほ弁ずべし。心術の疑似は尤も弁じ難し。唯能く自ら霊光を提げて以て之を反照すれば、則ち外物も亦其の形を逃るる所無く、明明白白、自他一様なり。是を之れ真の聡明と謂ふ。

現代語訳

似て非なるものを見分けられることを聡明という。物事の似て非なるものは、まだ見分けられる。損得の似て非なるものは見分けにくい。損得の似て非なるものも、まだ見分けられる。心の持ち方の似て非なるものは、最も見分けにくい。ただ自ら心の霊妙な光を掲げて内を照らし返すことができれば、外の物もまたその姿を隠しようがなく、はっきりと明らかになり、自分も他人も同じように見えてくる。これを本当の聡明という。

解説

聡明とは「疑似」、似て非なるものを見分ける力だと一斎は定義し、その難しさを三段で示します。物事の疑似はまだ見分けやすい。損得の疑似は難しい。そして最も難しいのが心術、心の持ち方の疑似です。正義感のつもりが実は私憤であったり、思いやりのつもりが実は保身であったりする。こうした自分の心の偽物を見抜くには、自ら「霊光」を掲げて内を照らし返すしかありません。そうすれば外の物事も自他の区別なく明らかに見えてくる、というのです。『孟子』が似て非なるものを憎むと述べた伝統を、内省の問題として深めた条と言えます。判断の前に自分の動機を点検する習慣の意味を考えさせます。

この章句が説くこと

聡明疑似心術霊光内省判断力

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