言志四録 / 言志耋録 第三十二条 得意は懼るべし
得意物件。可懼。不可喜。失意物件。可愼。不可驚。
新字:得意物件。可懼。不可喜。失意物件。可慎。不可驚。
書き下し
得意の物件は、懼るべし、喜ぶべからず。失意の物件は、慎むべし、驚くべからず。
現代語訳
思いどおりになった事柄は、恐れ慎むべきであって、喜んではならない。思いどおりにならなかった事柄は、慎重に対処すべきであって、驚きうろたえてはならない。
解説
物事がうまくいったときは喜ぶより警戒し、うまくいかなかったときは驚くより慎重に対処せよ、という一条です。得意のときは気が緩み、慢心が生まれ、次の失敗の種がまかれやすい。失意のときは動揺して判断を誤りやすい。どちらの場合も心が揺れることこそが危ういと一斎は見ています。前条の「甘品は毒と成る」を受け、次条ではさらに得意と失意のどちらが幸いかを論じます。業績が好調なときほどリスクに目を向け、不調のときほど落ち着いて手を打つ。組織を率いる人が順境と逆境それぞれで持つべき心構えを、簡潔に示した言葉です。
この章句が説くこと
得意と失意慎み慢心平常心危機管理
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