言志四録 / 言志耋録 第十八条 自家の一粟を棄つる勿れ
勿棄自家田中之一粟。勿摘隣人畝中之一菜。
書き下し
自家の田中の一粟を棄つること勿れ。隣人の畝中の一菜を摘むこと勿れ。
現代語訳
自分の田にある一粒の粟も捨ててはならない。隣人の畑にある一株の菜も摘んではならない。
解説
わずか二句の対句ですが、学ぶ者の心得がこめられています。自分の田の一粒の粟とは、自分の中にすでにある小さな気づきや長所、あるいは自分の持ち分のことでしょう。それを粗末にしてはならない。一方、隣の畑の菜を摘むとは、他人の成果や説を自分のものらしく取り込むことです。前条の「己に頼る」、次条の「他人の為に嫁衣裳を做す」と並べて読むと、自分の足元を耕すことの大切さを説く一連の条だと分かります。他人の成果をうらやんだり借りたりする前に、自分の手元にあるものを生かし切っているか。そう問いかける言葉です。
この章句が説くこと
自得足るを知る持ち分誠実自立
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