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言志四録 / 言志晩録 別存 第四十三条 正と公の二字

公晩年謂余曰。吾在職四十九年。幸全首領。訣在二字。識之否。余請問。公曰。正字。公字。余服其言之不虛。公既捐館。其翌辛丑。朝政一新。不圖余濫蒙擢擧。晩就仕途。官事不諳。如入暗室。忽憶公之言。奉以周旋。庶亦能全首領以終。

新字:公晩年謂余曰。吾在職四十九年。幸全首領。訣在二字。識之否。余請問。公曰。正字。公字。余服其言之不虚。公既捐館。其翌辛丑。朝政一新。不図余濫蒙擢挙。晩就仕途。官事不諳。如入暗室。忽憶公之言。奉以周旋。庶亦能全首領以終。

書き下し

公晩年余に謂ひて曰く、「吾職に在ること四十九年、幸ひに首領を全うす。訣は二字に在り。之を識るや否や」と。余請ひ問ふ。公曰く、「正の字、公の字」と。余其の言の虚ならざるに服す。公既に館を捐つ。其の翌辛丑、朝政一新す。図らざりき、余濫りに擢挙を蒙り、晩に仕途に就かんとは。官事諳んぜず、暗室に入るが如し。忽ち公の言を憶ひ、奉じて以て周旋す。庶はくは亦能く首領を全うして以て終らん。

現代語訳

公は晩年、私に言った。「私は職にあること四十九年、幸いにも首をつないで(咎めを受けずに)勤め上げた。その秘訣は二字にある。わかるか」。私が教えを請うと、公は「正の字と公の字だ」と言った。私はその言葉が偽りでないことに感服した。公はやがて亡くなった。続く辛丑の年(天保十二年)、幕府の政治が一新された。思いもかけず、私は分に過ぎた抜擢を受け、晩年になって官途に就くことになった。役所の仕事には通じておらず、暗い部屋に入ったようであった。ふと公の言葉を思い出し、それを守って職務を務めた。どうか私もまた、首をつないで無事に勤めを終えられるように願う。

解説

林述斎が晩年に一斎へ授けた「正」と「公」の二字を書き留めた一条です。四十九年にわたって幕府の要職にあり、失脚することなく務め上げた秘訣は、やり方の正しさと私心のなさに尽きるというのです。述斎の没後、天保の改革の年に一斎は七十歳で昌平坂学問所の儒官に抜擢されました。役所勤めに不慣れで「暗室に入るが如し」だった老学者が、師の二字を頼りに職務をこなしていった様子がうかがえます。複雑な組織の中で判断に迷ったとき、手法の巧拙より先に、正しいか、私心がないかを問うという基準は、今も立場を問わず使えるものでしょう。

この章句が説くこと

正公出処進退職業倫理師の教え

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