言志四録 / 言志晩録 別存 第九条 別墅に胸次を浄滌す
公好樹藝。又嗜絲竹。毎官暇。必趨別墅。經理園池。又有少閒。集子弟合奏相歡。因名燕居之軒。曰陶寫。別墅一曰賜春。一曰錫秋。春秋遊適。怡然心樂。不復知人閒有艱苦。又官毎有大議。輙先趨別墅。逍遙園內。淨滌胸次。然後思惟其事。忽揀得肯綮議論來。其襟度異常如此。
新字:公好樹芸。又嗜糸竹。毎官暇。必趨別墅。経理園池。又有少閒。集子弟合奏相歓。因名燕居之軒。曰陶写。別墅一曰賜春。一曰錫秋。春秋遊適。怡然心楽。不復知人閒有艱苦。又官毎有大議。輙先趨別墅。逍遥園内。浄滌胸次。然後思惟其事。忽揀得肯綮議論来。其襟度異常如此。
書き下し
公樹芸を好み、又糸竹を嗜む。官暇毎に、必ず別墅に趨き、園池を経理す。又少閑有れば、子弟を集めて合奏して相歓ぶ。因りて燕居の軒に名づけて陶写と曰ふ。別墅、一を賜春と曰ひ、一を錫秋と曰ふ。春秋遊適し、怡然として心楽しみ、復た人間に艱苦有るを知らず。又官に大議有る毎に、輙ち先づ別墅に趨き、園内を逍遥し、胸次を浄滌して、然る後に其の事を思惟す。忽ち肯綮の議論を揀び得来る。其の襟度の常に異なること此くの如し。
現代語訳
公(林述斎)は草木を植え育てることを好み、また管弦の音楽をたしなんだ。公務の暇があるたびに必ず別荘へ出かけ、庭園や池の手入れをした。また少しでも暇があれば、子弟を集めて合奏し、ともに楽しんだ。そこで、くつろぐ部屋に「陶写」(心をのびやかにし憂いを晴らす)と名づけた。別荘は一つを「賜春」、一つを「錫秋」と言った。春と秋に遊んでくつろぎ、にこやかに心楽しんで、世の中に苦労があることなど忘れているようであった。また幕府で重大な評議があるたびに、まず別荘に出かけて庭を散策し、胸の内をすっかり洗い清めてから、その事を考えた。すると、たちまち急所を突いた議論を選び出してくるのであった。その度量の常人と異なることは、このようであった。
解説
この章句が説くこと
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