言志四録 / 言志晩録 別存 第八条 林氏中興の祖
公參預廷議。封奏日數通。無不盡心。是以寵眷極渥。進班增秩。一陪家祖。至於大小封侯。亦爭聘咨詢治務。自餘旗下官人。及列國老臣諸士。執贄入門者。不可枚擧。葢爲林氏中興之祖。
新字:公参預廷議。封奏日数通。無不尽心。是以寵眷極渥。進班增秩。一陪家祖。至於大小封侯。亦争聘咨詢治務。自余旗下官人。及列国老臣諸士。執贄入門者。不可枚挙。葢為林氏中興之祖。
書き下し
公廷議に参預し、封奏日に数通、心を尽さざる無し。是を以て寵眷極めて渥く、班を進め秩を増し、一に家祖に陪す。大小の封侯に至るまで、亦争ひて聘して治務を咨詢す。自余旗下の官人、及び列国の老臣諸士、贄を執りて門に入る者、枚挙すべからず。蓋し林氏中興の祖たり。
現代語訳
公(林述斎)は幕府の評議に参与し、封をした意見書を一日に数通も奉ったが、どれにも心を尽くさないものはなかった。そのため将軍の寵愛と信任はきわめて厚く、位も俸禄も増して、ひとえに家祖(林羅山)に並ぶほどとなった。大小の大名に至るまで、競って招いて政務について相談した。そのほか旗本の役人や諸藩の家老・藩士で、入門の礼物を携えて弟子入りした者は数えきれない。思うに(公は)林家を再興した中興の祖である。
解説
述斎が幕政の顧問として重んじられた様子を記した条です。林家は羅山以来幕府の儒官を務めてきましたが、十八世紀後半には衰えていました。述斎は評議に加わって日に数通の意見書を出し、そのすべてに心を尽くしたため信任が厚くなり、位も俸禄も家祖羅山に並ぶに至りました。大名や諸藩の重臣までが教えを請いに訪れたことから、一斎は述斎を「林氏中興の祖」と呼んでいます。家の格や肩書きだけでは衰えた家は立て直せず、日々の仕事一つひとつに心を尽くすことの積み重ねが信用を生んだ、という筋が読み取れます。組織の再建を担う人にとって、何が信頼の土台になるかを考える材料になります。
この章句が説くこと
中興信任誠実献策再建
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