言志四録 / 言志晩録 第二百九十一条 一死睡るが如し
好生惡死。即生氣也。牿於形之念也。生氣已徂。并此念亦徂。故終天年者。一死如睡。
新字:好生悪死。即生気也。牿於形之念也。生気已徂。并此念亦徂。故終天年者。一死如睡。
書き下し
生を好み死を悪むは、即ち生気なり。形に牿せらるるの念なり。生気已に徂けば、并せて此の念も亦徂く。故に天年を終ふる者は、一死睡るが如し。
現代語訳
生を好み死を嫌うのは、すなわち生きている気の働きである。形(身体)に縛られた思いである。生気がすでに去ってしまえば、この思いもまた一緒に去る。だから天寿を全うした者は、死ぬことがまるで眠りにつくようなものである。
解説
死を恐れ生にしがみつく心を、一斎は「生気」の働き、つまり生きている身体がもたらす思いだと見ます。「牿」は牛の角に木を付けて縛ることで、身体という形に縛られた念だという意味です。そうであれば、生気が尽きるときにはその念もいっしょに消えてしまう。だから天寿を全うした人の死は、眠りにつくように安らかなのだと言います。死の恐怖は生きている間だけのものであり、死そのものの中には恐怖はないという洞察です。前条の海と器の水の比喩とあわせて、晩年の一斎が死を静かに受け入れようとしていた様子が伝わります。恐れや不安が、今の自分の立場や状況がつくり出している念だと気づくことは、心を軽くする一歩になるでしょう。
この章句が説くこと
死生観生気天寿恐れ
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