言志四録 / 言志晩録 第二百五十三条 祖先を疎んずる勿れ
吾家葬祭。曾祖以來用儒式。但遺骸托之僧寺。從國法也。既托之。不得不禮敬。儒者多疏遠僧寺。是疏祖先也。不敬甚。
新字:吾家葬祭。曽祖以来用儒式。但遺骸托之僧寺。従国法也。既托之。不得不礼敬。儒者多疏遠僧寺。是疏祖先也。不敬甚。
書き下し
吾が家の葬祭は、曾祖以来儒式を用ふ。但だ遺骸は之を僧寺に托す。国法に従ふなり。既に之に托すれば、礼敬せざるを得ず。儒者多く僧寺を疎遠にす。是れ祖先を疎んずるなり。不敬甚し。
現代語訳
私の家の葬儀と祭祀は、曾祖父の代から儒教の式を用いている。ただし遺骸は寺に預けている。これは国の法に従っているのである。すでに寺に預けている以上、寺を礼をもって敬わないわけにはいかない。儒者の多くは寺をうとんじて遠ざけるが、それは祖先をうとんじることになる。はなはだしい不敬である。
解説
江戸時代は寺請制度のもと、儒者の家でも遺骸は寺に葬るのが国の定めでした。佐藤家は曾祖父以来、葬祭を儒式で行ってきたものの、墓は寺に託していたわけです。儒者の中には仏教を異端として寺を軽んじる者が多くいましたが、一斎は、祖先を預けている寺を粗末に扱うことは、結局祖先を粗末に扱うことだと戒めます。学説上の立場と、祖先への礼という実際の人間関係とを区別する、いかにも一斎らしい穏当な態度です。朱子学を奉じつつ陽明学にも理解を示した一斎の柔軟さもここに通じます。主義や立場の違う相手とも、預け合っているものがある以上は礼を尽くす、という姿勢を考える材料になります。
この章句が説くこと
祖先礼敬葬祭儒式寛容
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