言志四録 / 言志晩録 第二百十条 真偽は誣ふべからず
眞僞不可誣。虛實不可欺。邪正不可瞞。
新字:真偽不可誣。虚実不可欺。邪正不可瞞。
書き下し
真偽は誣ふべからず。虚実は欺くべからず。邪正は瞞くべからず。
現代語訳
真か偽かは、偽って言いくるめることができない。中身があるかないかは、欺いてごまかすことができない。邪か正かは、だまして覆い隠すことができない。
解説
真偽、虚実、邪正という三つの対を並べ、いずれも最後にはごまかせないと断じた条です。「誣ふ」「欺く」「瞞く」はいずれも偽ってだます意味で、言葉を変えて三度繰り返すことで、その確信の強さを表しています。一時は偽りが真に見え、中身のないものが充実して見え、邪な者が正しく見えることもあります。しかし時が経ち、実際の働きの中で試されれば、本当の姿は必ず現れます。前条の人を欺く者は欺かれるという話や、実響と虚声の区別を説いた条とも通じる考えです。取り繕った報告や見せかけの成果は、いずれ明らかになる。そう知っていることが、目先の体裁より実質を選ぶ判断を支えてくれるでしょう。
この章句が説くこと
真偽誠実虚実邪正実質
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