酔古堂剣掃 / 集韻・濃ならず淡ならず
松聲竹韻,不濃不淡。
新字:松声竹韻,不濃不淡。
書き下し
松聲竹韻、濃ならず淡ならず。
現代語訳
松を吹く風の音も竹の響きも、濃すぎず淡すぎず、ちょうどよいものです。
解説
松と竹の音の味わいを、濃淡のほどよさで言い表した一句です。松声は松の梢を渡る風の音で、松籟とも言い、古来、琴の音にたとえられてきました。竹韻は竹の葉や幹が風に触れ合う響きです。どちらも耳を圧するほど強くもなく、聞き逃すほど弱くもなく、心にすっと入ってくる音です。濃すぎれば心を乱し、淡すぎれば物足りない、そのほどよさこそが雅の極みだというのです。儒家の中庸にも通じる考え方でしょう。人付き合いや仕事の進め方でも、やりすぎず、足りなすぎずの加減は難しいものです。松や竹の音を手本に、ほどよさの感覚を磨きたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
中庸風雅自然節度閑適
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