言志四録 / 言志晩録 第三条 狂者の心体を討ね出す
曾皙齡老。宜求老友。卻求冠童。不賞幽寂。卻賞豔陽。既浴且風。亦不似老者事。此等處須善討出狂者心體。
新字:曽皙齢老。宜求老友。却求冠童。不賞幽寂。却賞艶陽。既浴且風。亦不似老者事。此等処須善討出狂者心体。
書き下し
曾皙は齢老いたり。宜しく老友を求むべきに、却って冠童を求む。幽寂を賞せずして、却って艶陽を賞す。既に浴し且つ風す、亦老者の事に似ず。此等の処、須らく善く狂者の心体を討ね出すべし。
現代語訳
曾皙は年老いていた。老いた友を求めるのが当然なのに、かえって若者や子どもを求めた。ひっそりと静かなものを愛でずに、かえって華やかな春の陽気を愛でた。川で水浴びをしたうえに風に吹かれるというのも、老人のすることらしくない。こうしたところにこそ、狂者の心のありようをよく探り出さなければならない。
解説
前条に続き、論語侍坐章の曾皙を取り上げた条です。曾皙は冠者(成人したばかりの若者)五、六人と童子六、七人を連れて、晩春に沂水で水浴びし、舞雩で風に吹かれて帰りたいと言いました。一斎は、老人でありながら老友でなく若者を、静けさでなく春の陽光を求め、水浴びまでするのは老人らしくないと指摘し、そこにこそ狂者の心の本体が見えると言います。年齢にとらわれず、生き生きとした天地の気と一つになろうとする心の若さが、曾皙の「狂」なのでしょう。七十歳を前に晩録を書き始めた一斎自身の心境も重なります。年を重ねても若い人の中に身を置き、明るいものを好む。その気質は、学び続ける人の条件の一つかもしれません。
この章句が説くこと
狂者心の若さ老い曽皙自然
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