言志四録 / 言志後録 第二百三十八条 物旧ければ屏棄するに忍びず
余左右聘用几硯諸具。率皆爲五十年前所得。物舊則不忍屏棄。因念晏子一狐裘三十年。亦恐不必在儉嗇。
新字:余左右聘用几硯諸具。率皆為五十年前所得。物旧則不忍屏棄。因念晏子一狐裘三十年。亦恐不必在倹嗇。
書き下し
余が左右に聘用する几硯の諸具は、率ね皆五十年前に得る所たり。物旧ければ則ち屏棄するに忍びず。因りて念ふ、晏子の一狐裘三十年も、亦恐らくは必ずしも倹嗇に在らざらん。
現代語訳
私が身の回りで使っている机や硯などの道具は、おおむねみな五十年前に手に入れたものである。物が古くなると、捨ててしまうのが忍びない。それで思うのだが、晏子(春秋時代の斉の名宰相)が一着の狐の皮衣を三十年着続けたというのも、おそらく必ずしも倹約のためではなかったのだろう。
解説
前条の庭木に続き、長年使ってきた机や硯への愛着を語った条です。晏子は春秋時代の斉の宰相で、一着の狐の皮衣を三十年着たという話が『礼記』檀弓篇に見え、倹約の手本として知られてきました。一斎は自分の経験から、晏子もけちで着続けたのではなく、慣れ親しんだ物を捨てられない情があったのではないかと推し量ります。前条の故旧を忘れない心と同じ情を、物に向けて見ているのです。同じ行いでも、その動機を倹約と見るか愛着と見るかで、人物の印象は変わります。人の行動を一つの理由で決めつけず、その奥にある情を汲もうとする見方を示してくれる条です。
この章句が説くこと
愛着倹約人情老い
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