夜船閑話 / 本文
走、始め丱歲の時多病にして公の患に十倍しき。衆醫總に顧みざるに到る。百端を窮むといへども、救ふべきの術なし。此において上下の神祇に祈て、天仙の冥助を請ひ願ふ。何の幸ぞや、計らずも此の輭酥の妙術を傳受することを。歡喜に堪へず綿々として精修す。未だ期月ならざるに、衆病大半消除す。爾來身心輕安なることを覺ゆるのみ。
新字:走、始め丱歳の時多病にして公の患に十倍しき。衆医総に顧みざるに到る。百端を窮むといへども、救ふべきの術なし。此において上下の神祇に祈て、天仙の冥助を請ひ願ふ。何の幸ぞや、計らずも此の輭酥の妙術を伝受することを。歓喜に堪へず綿々として精修す。未だ期月ならざるに、衆病大半消除す。爾来身心軽安なることを覚ゆるのみ。
書き下し
走、始め丱歳の時多病にして公の患に十倍しき。衆医総に顧みざるに到る。百端を窮むといへども、救ふべきの術なし。此において上下の神祇に祈て、天仙の冥助を請ひ願ふ。何の幸ぞや、計らずも此の輭酥の妙術を伝受することを。歓喜に堪へず綿々として精修す。未だ期月ならざるに、衆病大半消除す。爾来身心軽安なることを覚ゆるのみ。
現代語訳
わたしは、幼いころ病気がちで、その苦しみはおまえの十倍もあった。医者たちもみな見放すほどだった。あらゆる手を尽くしたが、救う術はなかった。そこで天地の神々に祈り、天の仙人の目に見えない助けを願った。なんという幸いだろうか、思いがけずこの軟酥の妙術を伝え授けられたことは。喜びに堪えず、絶え間なく精を出して修めた。まだ一か月にもならないうちに、多くの病の大半が消え去った。それ以来、身も心も軽く安らかであると感じるばかりである。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
言志四録・言志後録 第二百十二条 老人の話は記すべし老人の話は苟くも聞く可からず。必ず之を記して可なり。薬方を聞くも亦必ず箚記せよ。人を益すること少からず。
-
『玉勝間』五の巻 しのぶもぢずりされどまことに然かなりけんも知りがたきを、ひたぶるに偽言なりとは云うべくもあらず。その石の事は、とまれかくまれ、信夫郡より出だせりし事は、論無きをや。
-
『玉勝間』三の巻 五十師原山辺御井四つには、斎内親王の宮仕えし給うことならば、いつきのみことも、ひめみことも何とも、其御事と聞こゆる詞あるべきに、さること一言も無くて、ゆくりなく大宮づかえと云うべき物かは。唯だ天皇に仕え奉る女官たちなる事、論無き物をや。五つには、ももしきの大宮人とは、天皇に仕え奉る人とこそ聞こえたれ。たとい本は大内より来し人なればとても、今斎王に仕え奉り居る人を、うちまかせて然か云わん事はいかが。六つには、もし斎王の大御神に仕え給う事を詠める歌ならむには、反歌に御井の事のみを詠めるは、何のよしぞや。七つには、かの鈴鹿郡なる山の辺の事を、俗説なりとて、やぶられたるもあたらず。俗説とは、赤人の跡と云う事なり。赤人の事は、山辺という地の名によりて、附会したる物なれば、其説こそ俗説なれ、それをとり捨てたらむに、何の俗なる事か有らん。そもそもしか赤人の事を云いよせたるも、もと山辺という所、又古き清水のある故なれば、それもかえりて、古き跡なる証とこそすべけれ。又かの山辺村に、古え倭姫の命の宮有りしと云うも、偽なりとて、そのよしを論ぜられたるもあたらず。
-
『驢鞍橋』卷下去る夜半に曰く、兎角移らぬ物哉。あゝ苦労して何の用にも立たず、頓て打腐りて、只在りて果す迄よと也。
-
『夜船閑話』序此において諸子旧書櫃を開けば、草稿、蠹魚の腹中に葬らるゝ者中葉に過たり。諸子即ち訂正伝写して、既に五十来紙を見る。即ち封裹して以て京師に寄せんとす。予が馬歯一日も諸子に長たるを以て其端由を書せんことを責む。予も亦辞せずして書す。
-
『夜船閑話』序住菴の諸子各々悲泣作礼して云く、吾が師大慈大悲、願くは内観の大略を書せよ。書して留めて後来禅病疲倦吾が輩の如き者を救へ。師即ち頷す。立処に草稿成る。