言志四録 / 言志後録 第百八十二条 君子の沢は五世にして斬ゆ
三十年爲一世。百五十年爲五世。君子之澤。五世而斬。是盛衰之期限也。五百年有王者興。亦以氣運言。凡有意於世道者。不可不致察。
新字:三十年為一世。百五十年為五世。君子之沢。五世而斬。是盛衰之期限也。五百年有王者興。亦以気運言。凡有意於世道者。不可不致察。
書き下し
三十年を一世と為し、百五十年を五世と為す。「君子の沢は五世にして斬ゆ」とは、是れ盛衰の期限なり。「五百年にして王者の興る有り」も、亦気運を以て言ふ。凡そ世道に意有る者は、察を致さざるべからず。
現代語訳
三十年を一世代とし、百五十年を五世代とする。(孟子の)「君子の遺した恩沢も五世代で尽きる」というのは、盛衰の期限を言ったものである。(同じく孟子の)「五百年ごとに必ず王者が興る」というのも、気運について言ったものである。およそ世の中の道に志のある者は、このことをよく観察しなければならない。
解説
前の二条に続いて、気運の盛衰をより長い時間の尺度で論じた一条です。「君子の沢は五世にして斬ゆ」は『孟子』離婁下、「五百年にして必ず王者の興る有り」は公孫丑下の言葉です。一斎は三十年を一世とし、立派な人物の遺した恩恵も百五十年ほどで尽きると計算します。一斎が生きた天保期は、徳川の治世が始まっておよそ二百三十年、泰平の恩沢が薄れつつあることを、儒官として感じ取っていたのかもしれません。創業者の遺した理念や文化も、いずれ薄れていく。その周期を意識することが、組織を受け継ぐ者に、いつ何を立て直すべきかを考えさせます。
この章句が説くこと
盛衰気運世代継承世道
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