言志四録 / 言志後録 第百五十九条 子を教ふるの道
敎子。勿溺愛以致縱。勿責善以賊恩。
新字:教子。勿溺愛以致縦。勿責善以賊恩。
書き下し
子を教ふるには、溺愛して以て縦を致すこと勿れ。善を責めて以て恩を賊ふこと勿れ。
現代語訳
子を教えるときは、溺愛して放縦にさせてはならない。また、善を求めて責め立て、親子の情愛を損なってはならない。
解説
子の教育の二つの落とし穴を簡潔に示した一条です。一つは溺愛による甘やかしで、子のわがままを許し放縦に育ててしまうこと。もう一つは、善を強く求めて責め立て、親子の恩愛を損なうことです。後者は『孟子』離婁上篇の「父子の間は善を責めず。善を責むれば則ち離る」を踏まえています。孟子は、善を責めるのは友の間の道であり、親子で善を責め合えば心が離れてしまうとし、古人は子を取り替えて教えたと述べました。一斎は、甘やかしと厳しすぎの両極を戒めることで、その間の道を示しています。前の植え替えの条と同じく、教育を加減の問題として捉える視点です。部下や後輩の育成でも、甘さと厳しさのどちらに傾いていないかを顧みる手がかりになります。
この章句が説くこと
教育溺愛責善親子人材育成
関連する章句
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