言志四録 / 言志後録 第百四十八条 修身は上下一串
脩身二字。上下一串。心意知物。雖有次第。而工夫則皆脩身內子目。無先後也。家國天下。雖有小大。而隨在皆脩身感應之地。無彼此也。
新字:脩身二字。上下一串。心意知物。雖有次第。而工夫則皆脩身内子目。無先後也。家国天下。雖有小大。而随在皆脩身感応之地。無彼此也。
書き下し
脩身の二字は、上下一串なり。心意知物、次第有りと雖も、工夫は則ち皆脩身内の子目にして、先後無きなり。家国天下、小大有りと雖も、随在皆脩身感応の地にして、彼此無きなり。
現代語訳
『大学』の「修身」の二字は、上(格物・致知・誠意・正心)から下(斉家・治国・平天下)まで一本に貫いている。心・意・知・物には順序があるが、その工夫はみな修身のうちの細目であって、先後はない。家・国・天下には大小の違いがあるが、どこであれみな修身が感応する場であって、あちらこちらの区別はない。
解説
『大学』の八条目を「修身」の一語で貫いてみせた一条です。『大学』は、格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下という八段階を順に説きます。一斎は、修身より上の心・意・知・物の工夫は順序立てて書かれてはいるが、実はみな修身の内訳であって先後はないと言います。修身より下の家・国・天下も大小の違いはあっても、どれも修身の影響が及ぶ場にすぎず、区別はない。段階を一つずつ登るように読むのでなく、修身という一点から全体を見渡す読み方です。自分を整えることと、家庭や組織、社会に働きかけることは別々の仕事ではない。リーダーが自己修養と組織運営を切り離さずに考えるための視点を示しています。
この章句が説くこと
修身大学八条目自己修養為政
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