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言志四録 / 言志後録 第百三十六条 静坐の功

靜坐之功。在於定氣凝神。以補小學一段工夫。要須氣容肅。口容止。頭容直。手容恭。棲神於背儼然持敬。就自探出胸中多少雜念客慮。貨色名利等病根伏藏以掃蕩之。不然。徒爾兀坐瞑目。養成頑空。雖似定氣凝神。抑竟何益。

新字:静坐之功。在於定気凝神。以補小学一段工夫。要須気容粛。口容止。頭容直。手容恭。棲神於背儼然持敬。就自探出胸中多少雑念客慮。貨色名利等病根伏蔵以掃蕩之。不然。徒爾兀坐瞑目。養成頑空。雖似定気凝神。抑竟何益。

書き下し

静坐の功は、気を定め神を凝らし、以て小学一段の工夫を補ふに在り。要は須らく気容粛に、口容止まり、頭容直く、手容恭しく、神を背に棲ましめ、儼然として敬を持すべし。就きて自ら胸中多少の雑念客慮、貨色名利等の病根の伏蔵するを探り出して、以て之を掃蕩す。然らずして、徒爾に兀坐瞑目すれば、頑空を養成す。気を定め神を凝らすに似たりと雖も、抑も竟に何の益かあらん。

現代語訳

静坐の効用は、気を落ち着け精神を凝らし、それによって『小学』(幼少期に身につけるべき礼節の修養)の一段の工夫を補うところにある。肝要なのは、息づかいは慎み深く、口は閉じ、頭はまっすぐ、手は恭しく(『礼記』玉藻篇の九容)、精神を背に宿らせて、おごそかに敬を保つことである。そのうえで、胸中にある大小の雑念や余計な思慮、財貨・色欲・名誉・利益といった病根が潜んでいるのを自ら探り出し、これを一掃する。そうせずに、ただぼんやりと座って目を閉じているだけなら、かたくなな空虚を育てるばかりである。気を落ち着け精神を凝らしているように見えても、いったい何の益があろうか。

解説

静坐の目的と方法を具体的に述べた一条です。朱子は、幼いうちに『小学』で身につけるべき修養を欠いた者は、静坐で補えと説きました。一斎もそれを受け、姿勢については『礼記』の九容から気・口・頭・手の四つを挙げ、精神を背に置いて敬を保てと言います。前に出た「艮背の工夫」と同じ発想です。しかし要点はその先にあり、静坐の中で胸に潜む雑念や、財・色・名・利への執着という病根を自ら探り出して掃い去ることこそが工夫だとします。ただ目を閉じて座るだけでは「頑空」、つまり中身のない空っぽを育てるだけだという指摘は鋭いものです。瞑想やマインドフルネスを取り入れるとき、何のために静かな時間を持つのかを問い直す材料になります。

この章句が説くこと

静坐敬雑念自己省察修養

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