言志四録 / 言志後録 第百二十三条 山水の体用
山以實爲體。而其用虛也。水以虛爲體。而其用實也。
新字:山以実為体。而其用虚也。水以虚為体。而其用実也。
書き下し
山は実を以て体と為して、其の用は虚なり。水は虚を以て体と為して、其の用は実なり。
現代語訳
山は充実したものを本体としながら、その働きは虚(雲を生み、万物を容れる)である。水は虚(定まった形のないもの)を本体としながら、その働きは実(物を潤し、載せ、押し流す)である。
解説
山と水を「体」(本体)と「用」(働き)の二面から対比した一条です。山は土石の詰まった実のかたまりですが、その働きは雲を生じ草木や鳥獣を懐に抱く、虚の働きです。水はつかみどころのない虚ですが、その働きは万物を潤し、舟を載せ、岩をも削る実の働きです。体用は宋学の基本的な考え方で、一斎は身近な自然の中に、実と虚が互いを含み合う姿を見ています。続く数条でも山水や寂と感、虚と実を論じており、この一群は一斎の自然観・心性論の連作として読めます。外見の堅さと内の柔らかさ、形のなさと力強さは、人や組織の姿にも重ねられます。自分や自分の組織の強みはどちらの側にあるのかを考えてみるのも一興です。
この章句が説くこと
体用虚実山水自然観陰陽
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