言志四録 / 言志後録 第七十六条 貴賤各分有り
人須知貴賤各有分。貴人而摸倣賤者之態。賤者而僣竊貴人之事。吾知非辱之招。則菑之及。
新字:人須知貴賤各有分。貴人而摸倣賤者之態。賤者而僣窃貴人之事。吾知非辱之招。則菑之及。
書き下し
人は須らく貴賤各分有るを知るべし。貴人にして賤者の態を摸倣し、賤者にして貴人の事を僭窃す。吾知る、辱の招くに非ずんば、則ち菑の及ぶなりと。
現代語訳
人は、身分の貴い者と賤しい者には、それぞれに分(ふさわしい持ち場)があることを知らなければならない。貴い身分の人でありながら賤しい者の振る舞いをまね、賤しい身分の者でありながら貴人のすることを分を越えて盗み行う。そうであれば、恥辱を招くのでなければ、災いが身に及ぶことを私は知っている。
解説
身分の上下が制度として定まっていた江戸時代の言葉ですが、要点は「分」、つまり各人に与えられた持ち場とそれにふさわしい振る舞いにあります。上に立つ者が下の者の粗雑な態度をまねれば威信を失って辱めを受け、下の者が上の者の権限を勝手に振るえば越権として災いを招く、と一斎は言います。「僭窃」は分を越えて奪い取ることです。今日では身分を固定的に見ることはできませんが、役職や立場に応じた責任と節度という形で読み替えることができます。上司が部下と同じ目線でくだけるのも、担当者が決裁者のように振る舞うのも、度が過ぎれば組織を傷つけます。自分の立場の分を意識しているかを問う材料になる一条です。
この章句が説くこと
分名分節度越権立場
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