言志四録 / 南洲手抄
講説聖賢、而不能躬之、謂之口頭聖賢、吾聞之一惕然。論辯道學、而不能體之、謂之紙上道學、吾聞之再惕然。
新字:講説聖賢、而不能躬之、謂之口頭聖賢、吾聞之一惕然。論弁道学、而不能体之、謂之紙上道学、吾聞之再惕然。
書き下し
聖賢を講説して之を躬にする能はず、之を口頭聖賢と謂ふ、吾れ之を聞いて一たび惕然たり。道学を論弁して之を体する能はず、之を紙上道学と謂ふ、吾れ之を聞いて再び惕然たり。
現代語訳
聖人賢人を口では立派に説くのに、自分では実践できない。これを「口先だけの聖賢」という。私はこの言葉を聞いて、一度どきりとした。道徳の学問を弁じ立てるのに、自分では体現できない。これを「紙の上だけの道学」という。私はこれを聞いて、二度どきりとした。
解説
学問が口先・紙上で終わる危うさを、自戒として語った一条です。聖賢の道を雄弁に語れても実践が伴わなければ「口頭聖賢」、道徳論を論じても身につかなければ「紙上道学」。手厳しい言葉ですが、注目すべきは、一斎自身が「聞いて一たび、再び惕然(どきりと)とした」と告白している点です。碩学と仰がれた一斎ですら、他人事ではなく我が身を刺す言葉として受け止めた。学びを語ることと生きることの乖離は、教える者ほど陥りやすい。知識を発信する立場の人にこそ、鋭く突き刺さる一条です。
この章句が説くこと
口頭聖賢紙上道学言行一致自戒
関連する章句
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荀子・大略篇自ら其の行ひに嗛(あきた)らざる者は、言濫(らん)に過ぐ。古の賢人は、賤しくして布衣(ほい)為(た)り、貧しくして匹夫為り。食へば則ち饘粥(せんしゅく)も足らず、衣れば則ち豎褐(じゅかつ)も完(まった)からず。然り而して礼に非ざれば進まず、義に非ざれば受けず。安(いづ)くんぞ此れを取らん。
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論語・憲問篇子曰わく、君子はその言にして行に過ぐるを恥ず。
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呉子・図国篇呉起、儒服にして兵機を以て魏の文侯に見ゆ。文侯曰く、「寡人は軍旅の事を好まず」と。起曰く、「臣は見るるところを以て隠れたるを占い、往きしを以て来たるを察す。主君何ぞ言と心と違うことを言わるるや。今、君は四時に人をして皮革を斬り離たしめ、掩うに朱漆を以てし、画くに丹青を以てし、爍かすに犀象を以てす。冬日に之を衣れば則ち温かならず、夏日に之を衣れば則ち涼しからず。長戟は二丈四尺、短戟は一丈二尺を為る。革車は戸を奄い、輪を縵にし轂を籠む。之を目に観れば則ち麗しからず、之に乗りて以て田すれば則ち軽からず。識らず、主君安んぞ此を用いんや。若し以て進みて戦い退きて守るに備うるも、能く用うる者を求めざれば、譬えば猶お伏鶏の狸を搏ち、乳犬の虎を犯すがごとし。闘心有りと雖も、之に随いて死せんのみ。昔、承桑氏の君は、徳を修めて武を廃し、以て其の国を滅ぼせり。有扈氏の君は、衆を恃み勇を好み、以て其の社稷を喪えり。明主は茲に鑒み、必ず内には文徳を修め、外には武備を治む。故に敵に当たりて進まざるは、義に逮ぶこと無きなり。僵屍して之を哀しむは、仁に逮ぶこと無きなり」と。是に於いて文侯は身自ら席を布き、夫人は觴を捧げ、呉起を廟に醮し、立てて大将と為し、西河を守らしむ。諸侯と大いに戦うこと七十六、全勝六十四、余は則ち鈞しく解く。土を四面に闢き、地を拓くこと千里なるは、皆な起の功なり。