言志四録 / 言志後録 第七十二条 未生の我と天根
思未生時之我。則知天根。思方生時之我。則知天機。天保壬辰十月念錄此日爲誕辰
新字:思未生時之我。則知天根。思方生時之我。則知天機。天保壬辰十月念録此日為誕辰
書き下し
未だ生まれざる時の我を思へば、則ち天根を知る。方に生まるる時の我を思へば、則ち天機を知る。(天保壬辰十月念、此を録す。此の日を誕辰と為す)
現代語訳
まだ生まれていないときの自分を思えば、天の根(万物を生み出す天の根源)を知ることができる。まさに生まれ出るときの自分を思えば、天の機(天のはたらきが動き出すきざし)を知ることができる。(天保三年〈一八三二〉十月二十日にこれを記す。この日は私の誕生日である)
解説
前条の思索を二句に凝縮した条です。「天根」は宋の邵雍の詩に見える語で万物が生じる根源を、「天機」は『荘子』などに見える語で天のはたらきが動き出す機微を指します。生まれる前の自分を思えば自分を生み出した根源に、生まれた瞬間の自分を思えば命が動き始めるはたらきに触れられる、というわけです。割注によれば、一斎はこれを天保三年十月二十日、六十一歳の誕生日に書き留めました。還暦を越えた誕生日に、年齢を数えるのでなく自分の出どころを見つめている点に、一斎の学問の姿勢がうかがえます。節目の日に、自分が何から出発しているのかを問い直すことは、忙しい人にこそ意味があるかもしれません。
この章句が説くこと
天根天機誕辰内省原点
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