言志四録 / 言志後録 第六十七条 城市春秋浅く、田園造化忙し
跼蹐於城市紛閙之衢。不知春秋之偉觀。逍遙於田園間曠之地。實見化工之無窮。余甞有句曰。城市春秋淺。田園造化忙。自謂非瞞人語。
新字:跼蹐於城市紛閙之衢。不知春秋之偉観。逍遥於田園間曠之地。実見化工之無窮。余甞有句曰。城市春秋浅。田園造化忙。自謂非瞞人語。
書き下し
城市紛閙の衢に跼蹐すれば、春秋の偉観を知らず。田園間曠の地に逍遥すれば、実に化工の無窮を見る。余甞て句有りて曰く、「城市春秋浅く、田園造化忙し」と。自ら謂ふ、人を瞞くの語に非ずと。
現代語訳
町のごみごみと騒がしい通りで身を縮めて暮らしていると、春や秋の壮大な眺めを知らない。田園ののどかで広々とした土地をそぞろ歩けば、自然の造化のはたらきが尽きることのないのを、実際に目にする。私はかつて「町では春秋の趣は浅く、田園では造化のはたらきが忙しい」という句を作ったことがある。自分では、人をあざむく言葉ではないと思っている。
解説
前の条に続き、町と田園を対比して自然の力を語る一条です。人でごった返す町の中で身を縮めていると、春秋の移ろいの壮大さに気づかない。ところが田園をぶらぶら歩けば、万物を生み育てる造化のはたらきが絶え間なく続いているのが目に見える。一斎はそれを「城市春秋浅く、田園造化忙し」という対句にまとめ、これは誇張ではない、と自信をのぞかせています。町では季節は暦の上のことにすぎず、田園では草木や虫の営みとして忙しく進んでいる、という実感でしょう。人工的な環境に囲まれて働く現代人にとって、変化や成長の実相を肌で感じる場所を持つことの意味を考えさせる言葉です。
この章句が説くこと
自然造化田園季節感性
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